アーティゾン美術館にいってきました。
ピカソはその頃付き合っていた女性で画風が変わったとか言われる。しかし、逆に画風の変化に伴って、女の趣味が変わったとも言えるのかもしれない。
この新古典主義の時代は、第一次世界大戦によるヨーロッパ文明の危機という意識が、ピカソだけでなく、ヨーロッパを覆っていたんだろうなと、この明るさが逆にやるせない。
アーティゾン美術館の展覧会は、原則的にすべての作品が舘所蔵品なので、撮影が許可されている。今回の展覧会のキービジュアルは藤島武二の二点が選ばれている。
藤田嗣治の文章に、ある人に藤島武二の絵を買うべきかどうか相談されたが、あんな絵は将来、価値がなくなるから(もっときつい言い方だったかも)やめたほうがいいと言ったと書いてあった。藤田らしい歯に衣着せぬ表現だなと思っただけだったが、先日、山田五郎さんのYouTubeで、黒田清輝の《湖畔》を取り上げる中に、黒田清輝には「洋画における明治維新」という一面があったと指摘していて、なるほどそうかと。検索してみたら藤田嗣治は、田中藩という譜代大名の家柄だった。藤田嗣治に対する日本の画壇の冷遇には、藩閥政治の一面があったわけだった。藤田嗣治は他にも、「フランスに渡ってみたら、黒田清輝みたいな絵を描いている人はもう一人もいない」みたいなことも書いていた。
アーティゾン美術館といえば、青木繁のこの絵も有名。
画家仲間との旅の途中、海辺の宿に泊まった朝、散歩に出かけた坂本繁二郎が語った漁師たちの水揚げの光景をもとにこの絵を構想したそうだ。多分、実際に見なかったからこそ描けたのだろう。
これをモチーフにした森村泰昌の連作のうち三点が展示されていた。
今回は抽象画も多く、猪熊弦一郎のこれ。
田中敦子のこれ。
白髪一雄のこれ。
村上三郎。
元永定正。
こうして並べると、作家の個性がわかる。特に、田中敦子と白髪一雄は。
そして、これ↓なんだけど、
ジャクソン・ポロックのインディアンレッドに似ているけれども、ポロックの方が明らかにいい。ポロックの方が断然に無作為。
ジョアン・ミロも2点あった。
ジョアン・ミロは、今、渋谷のBunkamuraミュージアムで個展が開催中。最後の方に展示されていたニワトリみたいな絵が素晴らしかった。