『ダーク・ウォーターズ』

 『ダーク・ウォーターズ』は、単にアメリカ映画だけでなく、アメリカ社会の良心と勇気を身に染みて思い知らされる、「傑作」などという言葉でさえ薄っぺらに感じられる、胸に響く映画だった。

 『ダーク・ウォーターズ』は、デュポン社が40年間も隠蔽してきた廃液汚染の実態を暴いた弁護士と住民の実話である。原作は、ニューヨークタイムズの記事で、それを主演のマーク・ラファロが映画化した。
 公害を描いた実話という意味では『MINAMATA』と構造が同じと言えるが、映画から受ける緊迫感がまるで違う。『MINAMATA』は、わが国の出来事なのに、遠い出来事のように感じてしまう。「水俣はまだ終わっていない」というキャプションは出るけれども、あの映画はユージン・スミスの個人史に落とし込まれる。それがあの映画の良さでもあった。
 『ダーク・ウォーターズ』が始まる90年代は『MINAMATA』の60年代と、時間的隔たりはそんなにないのかもしれない。しかし、映画が進みどんどん現在に近づいてきて2015年となると、そのテフロンのフライパンは、まだうちにある可能性がある。
 マーク・ラファロは『フォックス・キャッチャー』、『スポットライト』と実話の映画化が続いているが、なかでも今回の作品が特に印象深かった。マーク・ラファロの演じたロブ・ビロットという弁護士の、ほとんどたった一人の闘いだったせいもあるだろう。
 奥さんのサラを演じたアン・ハサウェイがインタビューで語っているが、途中で何度も、もうここで汐時だと言える局面があるのに、ためらわずに進んでいく。というか、行くべきか止まるべきかという葛藤さえうかがわせない、このロブ・ビロットという人を聖人でもヒーローでもなくリアリティをもって演じるのは実はとてつもなく高度な演技だと思う。
 映画の発端では弁護士事務所の共同経営者に昇格したばかりだったのに、いちばんどん底の時期は給与が三分の一に減らされている。そもそもロブの所属する弁護士事務所は企業側に立つ弁護士事務所だった。なので、たまたま祖母の知り合いだった住民のひとりから訪問を受けた時にそもそも取り合わないという選択肢もあった。映画のセリフにもあるのだけれども、訪ねてきたウィルバー・テナントという牧場主を、最初は「おかしな奴」と思っただけだったと。それはもちろん観客に向けたセリフでもある。そのセリフを聞いたとき、そうだったと気付かされる。
 もちろん、ウィルバー・テナントをはじめ、被害を被った住民たちの映画でもある。現在進行形の事件なので、実際の住民も何人か出演している。胸を打たれる。この映画に描かれていることだけでも厳しい現実なのに、人々にとっては、それもごく一部にすぎないと思い知らされる。
 住民、弁護士、そしてこの映画に関わった人たち、どれもアメリカの良心と勇気を体現している。アメリカを語るとき、日本では批判的に語られることが多いのだけれども、振り返って日本でこんな映画が実現できるかどうか。『新聞記者』の主演女優さえ韓国人に丸投げした日本映画は未熟というしかない。
 ロブ・ビロットのような個人がもし日本にいたとして、それを日本社会は受け入れられるだろうか。たとえば、オリンパス事件のときマイケル・ウッドフォードさんに日本社会はどんな態度を取ったか?。
 森友事件の赤木俊夫さんはなぜ自殺するより道がなかったのかを考えると、日本社会の今の在り方には気持ちが暗くなる。
 監督トッド・ヘインズ、撮影監督エドワード・ラックマンは『キャロル』の時と同じコンビ。このカメラも作品に品格を与えていた。


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