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今年2月に開館した大阪中之島美術館で初の特別展となるモディリアーニ展に行ってきた。中之島美術館所蔵のこの裸婦が撮影可になっていた。
大阪市がこれを購入した1989年には批判もあったそうだが、当時の落札価格19億円と聞くと、たぶん頭がバカになっているせいだと思うが、安い買い物に聞こえる。ちなみに検索してみると、2015年に競売にかけられたモディリアーニの《横たわる裸婦》は、一億七千四十万ドル(約210億円)、2018年の《横たわる裸婦》は一億五千七百二十万ドル(約173億円)だった。200億円を超える今の価格なら、さすがに買えなかったろう。美術館の所在地が、先物取引発祥の堂島であることを思いあわせると、痛快に思えぬこともない。
モディリアーニはもともと彫刻家志望だった。病弱だったことと経済上の理由で画家に転身した。そういうわけで、裸婦のボリュームが素晴らしい。
特徴的な長い首と顔はアフリカ彫刻に影響されただろうと言われている。渡仏したばかりでまだスタイルを確立していなかった頃の藤田嗣治が明らかにモディリアーニ風の肖像をひとつ描いている。
後に「乳白色」の裸婦を発明する藤田嗣治といい、モイズ・キスリングといい、「真珠母色」と呼ばれたジュール・パスキンといい、エコール・ド・パリの画家たちは個性的な裸婦で艶を競った。
というのは、ひとつには、日本、ポーランド、ブルガリアと、仲間にフランス人は一人もいないわけで、彼らにはアカデミズムと共有する価値観がない。エコール・ド・パリという彼らの呼称はフランスの伝統的な美術教育機関であるエコール・デ・ボザールを意識した言葉遊びであるにはちがいないだろう。
マネの《オランピア》の裸婦が問題になったころを思うと隔世の感がある。ただ、画廊の窓から見える位置にモディリアーニの裸婦があると警察が踏み込んでくることもあったそうだ。
この展覧会は巡回しないそうなので、大阪を訪ねる機会のある方は足を運ばれてはいかがかと。