『FLEE』

 『FLEE』は、デンマークのアニメ映画でしかもドキュメンタリーである。
 この映画がドキュメンタリーをアニメで撮った理由は、主人公であるアフガニスタン難民の男性の顔を晒さないためなので、本人が特定されないシーンなどは実写が混じることもある。こういう、実写からアニメのグラデーションが、アニメシーンにもかえって生々しい印象を与えている。
 この映画の主人公が学者として成功を収めているのは奇跡的な一例なんだろう。監督との対話形式で話が進むのだけれど、「確認するけど、お姉さんたちは死ななかったんだよね?」と尋ねたりする。観客としても、死んだだろうと思った。というのも『海は燃えている』というジャンフランコ・ロッシのドキュメンタリーで、全く同じシチュエーションで死体の山となって発見された難民たちを見たことがあるからだ。
 またロシアからの逃避行のさいに、難民一行の中の老婆が、足手まといになって殺されかかるシーンがある。それは主人公の家族ではないが、主人公がそこに自分たちを投影しているのは間違いない。その時もたまたま老婆が殺されることはなかったが、そもそも、主人公たちがロシアに逃れられたのすらギリギリのタイミングだったし、それにアフガニスタンで離れ離れになった彼の父親はいまだに行方不明のままである。
 『海は燃えている』で折り重なって死んでいた、あの難民たちと、この映画の主人公とどちらが多数派なのかはいうまでもない。にもかかわらず、今ではプリンストン大学からポスドクのオファーがあるような存在になった彼ですら顔を隠さなければならないことが、実は、逃避行の厳しさよりも、この映画が伝えている世界の現状なんだろう。映画は「デンマークよ、彼を受け入れた頃のことを思い出してほしい」と締めくくられる。時代がどんどん悪くなっている。
 そして、これは他人事ではなく、日本ではさらにひどいのは、名古屋入管でのウィシュマ・サンデマリさんの事件は、あれは日本の役人が難民を殺してる。先進国でこんなひどい話は聞いたことがない。
 日本移民問題をあつかった映画には『マイスモールランド』があるのだが、ここでも結局、本人たちを登場させられないために役者さんを使わざるをえなかった。ドキュメンタリー映画の『牛久』は観たけれども、『マイスモールランド』はその意味でちょっと観る気にならなかった。日本の状況はつまり難民を映画にすらできないという状況で、この映画の状況よりはるかに酷いことを肝に銘じておくべきだろう。


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