将軍家の襖絵 根津美術館

 根津美術館の庭は、知らない人もめずらしくないのかもしれない。ふだん美術館に行く人でないと、表参道にあんな庭があるとは誰も思わないのではないか。
 ただ、紅葉のピークを見極めるのが難しい気がする。今回も少しピークを過ぎていた。根津美術館の昔を知らないので、比較できないが、「全山燃ゆるがごとく」一斉に紅葉ってことになりにくいのは気候変動と関係あるのだろうか。

根津美術館の駐車場

 この日は朝の天気予報で「最高気温20℃」と言っていたのに完全に裏切られ、冬ざれた時雨空になった。後で見直すと13℃だったようで、冬の始まりを予感させる一日になった。

根津美術館の紅葉

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 将軍家の襖絵というその将軍は室町幕府ので、室町時代の将軍は江戸時代と違ってお城に住んでるわけでもなく、御所と言ってもけっこうよく引っ越ししたそうなのだ。襖絵はただの建具という認識で、そんな引っ越しの都度捨てていて、室町時代の将軍家の襖絵は一枚も現存していないそうだ。
 室町時代水墨画の最盛期とも言われている。その大画面の襖絵を惜しげもなく使い捨てにしていたわけである。最盛期って案外そうなのかもしれない。
 最近YouTubeで聞いた司馬遼太郎の講演に「幕末にはろくな芸術がなかった」と言ってるのがあって驚いたのを思い出した。司馬遼太郎って人は文句なしに博覧強記の知識人だが、例えば、北斎ひとりを挙げても、その「幕末芸術冬の時代説」に反論できそうな気がする。これに、伊藤若冲、浦上玉堂、鈴木其一、柴田是真などなど、挙げていけばきりがない。だいいちジャポニズムはどう説明する?。
 YouTubeのその司馬遼太郎の声もずいぶん若いので、後には修正されただろうと思う。司馬遼太郎ほどの博覧強記でさえ「幕末にはろくな絵がなかった」といった歪んだ歴史をつかまされていることがある。司馬遼太郎にどれほど教わったかわからないのに、その司馬遼太郎でさえこんな誤解をしていることがある。怖いと思った(ちなみに、今検索したらその動画は削除されていた)。
 でも、これ、思い返してみると、ある時期までは一般の認識もそんなものだったと記憶する。出光美術館富岡鉄斎展を見たことがある。鉄斎といえば、明治の水墨画のビッグネームであったはずだが、聞くと見るでは大違いで、室町から江戸までの画家たちをふんだんに見られる今の目で見ると、評価はどうなるか?。ご自身で確認いただきたい。河鍋暁斎ですら「?」と思った。
 つまり、水墨画を、私たちはつい最近まで絵として観ていなかった可能性がある。今の私たちは、長谷川等伯とモネを並べて比べられる。でも、この感覚を持ち得たのはけっこう最近という可能性がある。不思議なようだけど、どうもそうらしい。
 若冲の再評価がいつ始まったかは調べてもらえはわかるはずだが、若冲でさえつい最近まで知られざる画家だったのである。
 さて、一枚も残っていない襖絵をどう展示するのかと言えば、残っている文書から、多分こんな絵だったろうなという、牧谿の掛け軸、周文の屏風、など。水墨画の世界が冬の気配によく似合っていた。
 有名な庭に加えて、根津美術館のもうひとつの魅力は二階の展示室なんだけれども、今回は彫漆が素晴らしかった。彫漆というのは、堆黒、堆朱しか私は知らないのだけれども、何層にも塗り重ねた上でそこに文様を彫っていく。鎌倉彫りってのがあるけれど、あれはこれを真似たものだと聞いたことがある。堆黒や堆朱の方は、木胎の部分は彫らないので彫った断面の艶やかさが違う。違った色を塗り重ねたりもするのでそれがまた意匠になったりする。
 彫漆の作品がこんな数を系統立てて展示されているのは珍しい。違いがよくわかって面白かった。「屈輪(ぐり)」と呼ばれる特徴的な文様があるのだけれど、これは特に堆黒の美しさをよく際立たせていた。
 時代が降って清朝になると質の良い漆が手に入らなくなって桐油などを混ぜるようになった。そのせいで光沢は失われた代わりに加工がしやすくなり、大きな器に精緻な彫刻ができるようになったそうだ。艶消しな朱色の彫漆もこれはこれでなかなかよかった。
 そしてもうひとつはお茶に関する展示。12月に入ったところではあるが、まだ口切の展示に間に合った。
 10月のハロウィン、12月のクリスマスに挟まれて、印象の薄い11月だけれども、11月は茶人の正月と言われる口切の茶事がある。小さな愛らしい織部振出と口切にふさわしく四国猿と銘された茶壷があった。それに、楽道入、いわゆるノンコウ作と伝わる赤楽茶碗(銘 冬野)、尾形乾山作の銹絵洞庭秋月図茶碗があった。これは将軍家の襖絵にかけているのだろうと思う。
 

被錦斎

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根津美術館の庭

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根津美術館の庭

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根津美術館の庭

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根津美術館の庭

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www.nezu-muse.or.jp