『イニシェリン島の精霊』

 『スリー・ビルボード』のマーティン・マクドナー監督の最新作。
 『スリー・ビルボード』は、公開当時、宮藤官九郎が惚れ込んで、ギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』とアカデミー作品賞を争って負けた時は、"俺の"『スリー・ビルボード』が・・・と憤慨していた。
 で、『スリー・ビルボード』を観た人の方が入っていきやすい映画になっていると思う。
 『スリー・ビルボード』は、レイプ殺人で娘を失った母親役のフランシス・マクドーマンドが、犯人を捕まえられない警察署長を非難する立て看板を立てることから話が始まる。行動は大胆だけれど、心情はわかる。『イニシェリン島の精霊』は、ある男が、三十年来の親友に突然絶交を宣言するところから始まる。しかも、二度と話しかけるな、もし話しかけたらその度毎に、自分の指を切り落とすという、かなりエキセントリックな脅しをかける。
 『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドと違って、これは訳がわからない。突然、訳の分からない絶交宣言をされた側、『スリー・ビルボード』で言えば、警察署長の側に、今回は視点の中心が移っている。
 突然絶交された男をコリン・ファレルが演じている。『ウォルト・ディズニーの約束』で、パメラ・トラヴァース(『メリー・ポピンズ』の原作者)の父親役が絶賛されたのが記憶に残っている。今回、ゴールデングローブ賞の主演男優賞を獲得したそうだ。
 ゴールデングローヴ賞では、それだけでなく、作品賞と脚本賞も受賞している。ただ、作品賞はコメディ、ミュージカル部門。確かに、悲劇か喜劇かと問われれば間違いなく喜劇だ。
 特に、指を切り落とすって行動にどの程度リアリティを感じられるかがポイントになりそう。何かのメタファーかなと捉えられてしまうとリアリティは落ちるわけで、そこが『スリー・ビルボード』との差かなとも思った。
 親友に「話しかけたら指を切り落とす」まで言われて絶交される男の物語と考えれば喜劇でしかない。しかし、現に指を切り落とすまで行くと、喜劇で済まされない不穏さが漂よう。そして、その部分がこの物語の核だし、魅力である。
 指を切り落とすブレンダン・グリーソンの心情は最後まで明らかにれない。一応、ミッドライフクライシス的な説明はされるが、そういう鬱だとしても、そしてその結果としての自傷行為をありうるとしても、その心情に寄り添うようには映画の作りがなっていない。けっして彼の内面に入っていこうとしない。鬱と他人が名付けたとしても、それで何かがわかったかと言えばわからない。そのままで物語が進んでいく。そのうちに死の影がさしはじめる。せまいコミュニティでは、ひとりの鬱がひとりだけでは終わらない。訳のわからなさがコミュニティをかき回していく。安易な癒しに落とし込まないのが相変わらずうまいと思った。
 主人公(絶交された側)の妹シボーンを演じたケリー・コンドンもよかった。これが小説なら、彼女の視点で書かれただろうと思う。

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