『ザ・ホエール』

 もう言い尽くされてるだろうけれど、今年の米アカデミー賞は、カムバック賞めいていた。「エブエブ」の2人もそうだが、『ザ・ホエール』の主演、ブレンダン・フレイザーは、さまざまなトラブルで、いわゆる「干されていた」。
 
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 この作品が主演男優賞なのは納得で、ブレンダン・フレイザーの存在感なくしては説得力を欠く映画になっていただろう。
 272kgの肥満で、自力では歩けもしない。学校の先生をしてるんだけど、ZOOMみたいなのを使ってネット授業をしている。ビデオはオフにして姿を見せていない。食事はピザ屋にピザを運んでもらっているが、そのピザ屋にも姿を見せないようにしている。
 こういう生き方が可能なのかどうか確信が持てないが、ひとつ大前提になっているのは、こんな姿は人に見せられないってことだけはアメリカでは説明するまでもない常識らしいこと。
 元々は舞台劇。実在の人物がモデルになっているそうで、たしかに昔、部屋から出られないほど太った人のニュースか何かをテレビで見たことがあった気がする。
 肥満、同性愛、新興宗教というお膳立ては、実にアメリカらしい。
 272kgって病的な肥満は、多分アメリカでしかありえない。他の国で見たことあります?。前にも書いたけど、『真夏の夜のジャズ』って1958年のニューポート・ジャズ・フェスティバルのドキュメンタリー映画アメリカの観客はほぼ誰1人太ってない。
 唯一の肥満は、演者のビッグ・メイベル・スミスだけ。
 そもそも総じてコーカソイド(と今言うのかどうか知らないが)は、モンゴロイド(同左)より皮下脂肪が少ないし、代謝が良く太りにくかったはず。アメリカに留学して太って帰ってくる帰国子女って例は珍しくなかった。
 それがどうしてアメリカが肥満大国と言われるようになったのか?。食べる量と甘さがハンパないとかいうんだけど、私は信じてなくて、表立っていう人いないけど、遺伝子組み換え食品のせいだと思う。
 そう信じるようになったのは『フード・インク』ってドキュメンタリーを観てから。アメリカ人が主食にしている牛や鶏は、遺伝子操作で自力で歩けないほど太らせてる。鶏なんて歩いたら足が折れる。そんなふうに遺伝子改造してる。それを食ってるアメリカ人は肥満大国になってる。現にそうなってる。その間の因果関係を私は証明できない。でも、私は遺伝子組み換え食品はイヤだね。
 大袈裟にいうと、この映画の主人公は、食文化、性の文化、伝統的な宗教、そのすべての破壊の被害の末端にいる。そういう主人公が最期に拠り所にしようとするのが家族だということなのである。最後の幻想が血のつながった娘なんだけど、その娘に裏切られてないかどうか。これは疑問かもしれない。
 この映画の視点は、主人公のもとに無償で通ってくれている看護婦(ホン・チャウ)にある。それがこの映画の味わいになっている。この看護婦は、主人公の元カレ(自殺した)の妹。主人公とのその微妙な距離感がこの映画を支えている。彼女がいないと、この映画はただただ悲惨になったと思う。ほんとの希望はむしろそっちにあると観客には見えるはずなのだ。主人公は最後までそれに気が付かない。それが唯一の希望っていう逆説がこの映画の余韻だと思う。


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