『○月○日 区長になる女』

 『○月○日 区長になる女』は、聞くところによると、今年のお正月にポレポレ東中野で封切られて、そのままじわじわヒットして、だんだん地方に広がってきているらしい。
 政治を扱ったドキュメンタリー映画としては久しぶりに痛快で、泣きこそしないけれど、素直にこみ上げてくるものがあった。女性の観客には泣いている人もいたみたい。
 杉並区長選挙。投票率30%くらいらしい。たとえば、わたしの住んでいる市の市長選に置き換えると、まず、自分の町ってほどの愛着がない。いつ出ていくかわからない。終の住処って覚悟もない。正直言って、市長の名前も顔も思い浮かばない。
 東京23区の区長選ってなると、さらに通りすがりの住民が多いのではないか。区長にどんな権限があるのかちょっとイメージさえできないのが本当のところではないか。
 しかしながらそういう無関心を放置しておくと、やりたい放題やらかすのが政治家の特性らしく、杉並区の当時の区長は、何を考えてたのか知らないが、住民にろくに説明もせず、道路の建設のために、公民館、公園、診療所、商店街、一般市民の住居に至るまで、根こそぎに退去させるって決定をした。
 区の道路はリニアモーターカーじゃないんだから、区民がいらないって言えば作らなくていい。これはもうそれ以上でもそれ以下でもない。大きな都市計画の一部とかなら、まだ議論の余地はある。例えば、『ジェイン・ジェイコブズ ー ニューヨーク都市計画革命ー』のような例である。
 1960年代、アメリカ全土で推し進められていたロバート・モーゼスの大規模な都市計画に対して、ジェイン・ジェイコブズ を中心に市民が立ち上がってブルックリンを守ったのだった。
 こう書いてみると、確かに構図は似ている。が、少なくともロバート・モーゼスにはロバート・モーゼスの理想はあった。1960年代のことなので、今ではもう歴史の審判は下っていて、ロバート・モーゼスの計画を阻止できなかったデトロイトやその他の地方都市では、ロバート・モーゼスが推し進めた共同住宅は廃墟と化して解体されている。
 杉並区の幸運の一つは、ブルックリンのジェイン・ジェイコブズ に当たる区長候補を見つけ出せたことだ。岸本聡子というEUNGOで、世界の自治体における「公共の再生」を調査してきた女性だった。政治経験0の彼女が帰国したのは投票日のわずか二ヶ月前。それだけでちょっとワクワクする。
 単に幸運とだけ言えないのは、杉並区で地道に続けられてきた市民運動があったことだった。傍流の情報だが、石原伸晃を落選させて、立憲民主党の新人吉田晴美を当選させたのも杉並区の住民パワーだった。岸本聡子候補を支え、時にはぐったりさせる、おばあさんたちのパワーがすごい。ペヤンヌマキ監督が言ってるんだけど、これだと途中で降りちゃうんじゃないか、立候補を取りやめちゃうんじゃないかってくらい、映画を見てるだけでも大変さが伝わった。
 個人的にはドキュメンタリー映画の最高の監督はフレデリック・ワイズマンなのかなと思っているのだけれども、ペヤンヌマキのカメラも、腰が座っていてすごくよかったと思う。映るべきものが全部映っている。相当な長い時間カメラを回していただろうと思う。
 そうでないと、ようやく見つかった選挙事務所を初めて開けたときのネズミのフンとか、そんなの撮れるわけないから。そういう映像をフラットに撮れてるのはすごいと思う。
 比べて何なんだけど、『1.4BILLION』っていう浅尾慶一郎を写したドキュメンタリー映画を観たのだが、政治家としての浅尾慶一郎は嫌いじゃないけど、映画としては、例えていうと、北朝鮮のニュース映像みたいだった。
 機材の進化も大きな要素なんだろう。誰もがスマホで気楽に動画を撮る時代だから成立した映画とも言えるだろう。
 そんなわけで、道路拡幅に反対するデモが動員デモなのか自発的なものなのかは自然に伝わる。
 そういう動画をおさえてあったおかげで、岸本聡子が区長に当選した最初の代表質問をした自民党区議が、奇しくもこのデモに触れて「ほとんどが岸本聡子陣営だった」などとのたまう醜悪さが浮き彫りにされる。
 そもそも代表質問の第一声にそれが相応しいかどうかってこともあるが、その口調がほぼ極右団体の街宣同様(右翼だから当たり前なのかもしれないが)で、区議ってこんなレベルなんだと呆れさせる。
 杉並区長選挙は、確かに、杉並区の話にすぎないのかもしれないが、区民の、住居、公民館、診療所、公園、これらを根こそぎぶっ壊して、区の道路を作るっていう、誰が考えても悪い冗談としか思えない、そんな政治をしてる区長にわずか187票差でしか勝てないってことに空恐ろしささえ覚えた。
 自民党とおそらくは創価学会票の組織票だけで、こんな政策がまかりとおってしまう。こんなまずい状況がテレビや新聞ではなく、映画とYouTubeでしか伝わらない。
 暗澹としてくるが、ともかく、これを伝えたペヤンヌマキのカメラはすごくよかったと思う。岸本聡子、内田聖子、ペヤンヌマキ、それから運動を支えたあのおばあさんたち、応援に駆けつけた女性たち。ほとんど奇跡的な出会いだったのかもしれない。

 ペヤンヌマキ監督インタビュー↓


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ジェイン・ジェイコブズ ー ニューヨーク都市計画革命ー』予告編↓


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 自民党の組織票選挙の現場が見られる『香川1区』予告編↓


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 ロバート・モーゼスとジェイン・ジェイコブズが対立した時代を描いたエドワード・ノートン主演のフィクション。こういうのをちゃんとエンターテイメント化できるのがアメリカ映画の成熟度か。↓


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 フレデリック・ワイズマンが、アメリカの1地方政治家を取り上げたドキュメンタリー。↓


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