森美術館で、2024.4.24(水)~ 9.1(日)までやってるシアスター・ゲイツの展覧会が、現代アートでは久々に素晴らしかった。
「アフロ民藝」っていう、これが作家自身の命名。どこかユーモラスでもあり、しかしながら「アフロ」と「民藝」のミクスチャーは、世界の見方を一変させるインパクトがある。
もちろん、この場合の「民藝」は柳宗悦の提言した、あの「民藝」であり、「アフロ民藝」は単にアフリカの工芸品って意味ではない。
日本の短い近代文学史の中で、実は最も重要なのは、柳宗悦と吉田健一ではないかという意見があるとかないとか。ともかく、この2人の知見が忘れ去られる未来の日本を思い浮かべると、どうもそれはディストピアの匂いがプンプンなのだ。
その柳宗悦の「民藝」をアフロアメリカンがやってるのが面白い。この日は、GYREギャラリーてふところでヨーゼフ・ボイスを見てきた直後だったのだけれど、ヨーゼフ・ボイスの提唱した「社会彫刻」を現代に継承しているように思えた。
日本の常滑で陶芸を学んだ経験があるそうだ。
「TOKOSSIPPI」って、そのくらいの軽い、というか親父ギャグ的な命名、個人的には好き。
これらの陶器は、貧乏徳利と呼ばれ、明治から昭和初期まで酒屋で少量買いをする客への貸し容器として利用されていたものです。主な大きさは1升(約1.8リットル)入り、5合(約0.9リットル)入りなどがあります。日本の窯業が発展してから、常滑、備前、瀬戸、丹波などで大小さまざまなものが作られました。
本作で、ゲイツは陶芸家の谷(1977年-)とコラボレーションしています。
これらの貧乏徳利は谷の祖父が長年をかけて蒐集していたもので、ゲイツはそこに自身のプロジェクト名である「門インダストリー」(門は英語でgate)のロゴを印字しました。実用性がなくなり、過去のものとなった貧乏徳利が、ロゴを印字されることで現代の作品として生まれ変わりました。
だそうです。
入口にいきなり木喰上人があり、シアスター・ゲイツの民藝への理解の深さを示してくれる。
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「奴隷労働者であったデイヴィッド・ドレイク(1801-1874年頃)は、サウス・カロライナ州エッジフィールドにあった農園や工場で陶芸職人として働いていました。ドレイクは、2009年以降、ゲイツが作品の中で称賛してきたアーティストのひとりです。1834年には同州で、黒人の識字率の向上を抑えるために、奴隷だけでなく自由黒人にも読み書きを学ぶことを禁じる法律が可決されていましたが、ドレイクは自作の陶器に、名前だけでなく日付や制作場所、詩、聖書の言葉などを彫り込んでいました。危険を冒してまで刻字することで、奴隷制への抵抗を示していたのです。現在、ドレイクはアメリカ陶芸の分野で広く研究されています。」
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「大田垣蓮月(1791-1875年)は、江戸後期から明治にかけて活躍した歌人であり陶芸家で、夫や子どもたちを失った後は尼僧になりました。釘で陶器に和歌を彫る独自の表現は、蓮月焼として知られています。
日本の民藝運動の無名の工人たちとは対照的に、ゲイツはここで陶芸家として懸命に生きたドレイクや蓮月に敬意を表しています。」
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ゲイツは、2013年に当該物件を1米ドル(0.66ポンド)でシカゴ市 から購入した。改修資金を集めるために、建物に使われていた 大理石を回収してブロック100個に造り替え、それらを「銀行債券」と名付けた。
各ブロックに「アートを我々はじる(InArtWeTrust)」と刻印し、2013年のアート・バーゼルでそれぞれ5,000米ドルで販売した。
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このあたりのアートをはみ出してる感じがヨーゼフ・ボイスに似てる。それとどこかコミカルな感じも。
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お父さんが屋根職人だったそうでこの辺の作品はその技術を使ってるそうです。