『本心』ネタバレ

 石井裕也監督がまた不思議な感覚の映画を作り出した。SFなのかそうでないのかがよくわからい。
 というか、時代が現在なのか未来なのかよくわからない。というのは、主人公の朔也は場末の工場で溶接工として働いているのだけれど、母を自殺で失ったショックで1年間眠り続けて目ざめると、勤めていた工場は無人化され、一緒に勤めていた仲間は「リアル・アバター」というウーバーの何でも屋みたいので食っていくしかなくなっている。
 しかも、ヴァーチャル・フィギュアってのが開発されていて、死んだ人のあらゆるデータを統合して、VRゴーグルの中にリアルな生前の姿を再現できる時代になっていた。そこで朔也(池松壮亮)は、母の自死の理由を知るべく母のヴァーチャル・フィギュアを作る。
 溶接工の時代からヴァーチャル・フィギュアの時代まで、わずかに一年なのかって首を傾げてはみるものの、Uberイーツは普通にあるし、VRゴーグルもCotomoも現実なのだから、実のところ、これは近未来というほど遠くもない。
 考えてみれば、石井裕也監督の映画は『月』『茜色に焼かれる』など実際の事件を題材に取りながらも、世界観に独特なテイストがあった。
 それはしかし、他の映画と比べて、であって、現実世界にはVRUberもCotomoも現にあるのだから、これを近未来と感じる観客の方がズレてると言わざるえない。
 オードリーの若林正恭Uberの配達員をやりながら「街がキラキラして見える」って言ったのが印象的で、考えてみると、もう今の私たちは、スマホの中のヴァーチャルな世界に生きているだけなのかもしれない。
 石井裕也若林正恭も観客の感覚を超えてリアルに現実を見ているだけなのだろう。しかし、そのリアルが観客と共有できないのであれば、それはヴァーチャルと同じ。そしておい、何を言ってるんだ?。映画そのものがすでにヴァーチャルなんだよ。
 主人公はヴァーチャルの母親(田中裕子)のデータを完全にするため、母親の職場の同僚だった女性(三吉彩花)に接触する。彼女が洪水の被害で避難所で暮らしていると知った主人公は、彼女に空いている母の部屋を提供する。
 「本心」ってタイトルは、一方では、自死を選んだ母親の本心でもあるが、主人公の三吉彩花に対する本心でもある。
 三吉彩花の映画内での役名も三吉彩花なのは、たぶん企みなんだと思う。彼女だけはほんとに三吉彩花かもしれない。
 めずらしくシャワーシーンで美しい乳房を披露してくれているが、あのシーンの時点では少なくとも朔也(池松壮亮)と肉体関係を持ってもいいと考えていたことになると思う。しかし、できなかった。
 恋愛はそういう一瞬を逃すと変なことになる。ラストシーンに視界に現れる女性の手は三吉彩花の手に違いないと思うが、あれがリアルなのかヴァーチャルなのかはわからない。しかし、ヴァーチャルだとすれば、朔也の本心ははっきりする。リアルだとすれば逆に三吉彩花の本心がわかる。が、その答えは観客に委ねられている。
 脚本は石井裕也オリジナルではなく平野啓一郎の小説が原作なので、そのせめぎ合いはありそう。
 朔也が一年眠る必要があったかどうか微妙。病室の窓の景色がちょっと変。実は主人公があの時点で死んでるともとれる。だとすれば、三吉彩花の役名が三吉彩花なのも納得できる。
 「自由死」というシステムは『PLAN75』を思い出させる。また、ヴァーチャル・フィギュアは石川慶監督の『Arc/アーク』の前半を思い出させる。  
 このテーマをめぐってある時代精神が形作られていくのかもしれない。明るい未来って感じはしない。

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