金地院 特別拝観

 リニューアルオープンした泉屋博古館を訪ねる途中に(というのも、京都のバスの混雑に怖気付き、蹴上駅からGoogleマップで徒歩17分つうなら、南禅寺永観堂などぶらぶら歩こうかと思ったわけ)、金地院の特別拝観がやってたので立ち寄った。
 オンデマンドではなく、時間指定だったのがちょっと厄介だったが、泉屋博古館を訪ねた帰り道に立ち寄ればちょうどよい時間になりそうだったので、「じゃあ1:30に」ってわけで。
 小堀遠州の作庭になる鶴亀の庭と、方丈の狩野尚信の襖絵を見ながらしばらく待つ。

鶴亀の庭
鶴亀の庭

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 小堀遠州の茶は「綺麗さび」と言われる。先立つ千利休の侘び寂びよりもっと人為的な美を目指したとでも言えばいいのだろうか。
 千利休の言葉に「わびたるはよし、わばしたるは悪し」というのがある。井戸の茶碗

井戸茶碗
井戸茶碗

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にしても、三日月茶壷にしても、千利休の理想はどこまでも無作為だった。三日月茶壷はわざと割ったわけではなく割れたのを継いだから値打ちがあるという考え方。ジーンズに例えれば、ダメージ加工ではなくヴィンテージの経年劣化が値打ちがあるって価値観。

 これに対して古田織部は、あからさまにわざと歪ませた。沓形の茶碗なんかは典型的だ。古田織部といえば、五島美術館にある重要文化財《古伊賀水指 銘 破袋》に千利休の無作為を受け継いでいる。

古伊賀水指 銘 破袋
古伊賀水指 銘 破袋

が、しかし、確かに無作為にこれができあがったとしても、何百と作るうちからこれを選びとっているのであれば、作為と無作為の端境はかなり曖昧だといえまいか。

 以前、畠山美術館で、古伊賀の花入を大量に集めた展覧会を見たことがあった。畠山美術館といえば、こちらも重要文化財の《銘 からたち》が有名だが、からたち以外の古伊賀の花入も、どれも盛大に歪んでいる。千利休の言い方でいえば、どれも「侘ばし」ている。
 何百と「わばした」中にようやく「侘びた」《からたち》がひとつできるのであれば、その無作為は、一個の様式にすぎない。であれば、わざと歪めてその作為を様式として楽しんでもよいのではないか。と、古田織部は考えた。と、私は思っている。それが「へうげもの」と言われる彼の独自の軽みになっていると思う。
 そのさらにひと世代下の小堀遠州になると、その作為はもっとはっきりとデザイン意識になる。
 「綺麗さび」という言葉はよくできている。本来、「綺麗」なら「さび」ていないはずなのだ。それでもやはり小堀遠州が目指したのは、ただのツルツルピカピカの「綺麗」ではなく、綺麗にさびることだった。というか、綺麗な寂びを作ることだった。
 千利休の「侘び寂び」から小堀遠州の「綺麗さび」に至るこの道程を洗練と呼んでよいと思う。
 この庭園でいえば、左側のしんぱく(ミヤマビャクシン)

しんばく
しんぱく

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の形の面白さ、右側の鶴の首に擬せられた長方形の石がまさに「綺麗さび」らしい。

鶴島
鶴島

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そして今は伸びてしまっているが、小堀遠州の庭を特徴づける大刈り込みが、当初はもっとはっきりとしていたのだろうと思われる。
 小堀遠州の大刈込が分かりやすい庭としては、滋賀県水口にある大池寺の蓬莱庭園をお勧めしたい。

大池寺 蓬莱庭園
大池寺 蓬莱庭園

 案内の方と私の他に3人の観覧希望の方がいらしてルームツアーが始まった。この先の撮影は許可されなかったが、長谷川等伯の《猿猴捉月図》だけでなく、狩野探幽の2〜30代の頃の作と言われる菊図の襖絵もあった。
 わたくし何度も書いているように狩野探幽のアンチなんだが、この菊図は嫌味がなかった。
 狩野探幽が江戸に移ったのは1621年、ちょうど20歳の頃だから、この絵を描いた頃はまだ江戸狩野の祖という、良くも悪くも勿体ぶったところがない。江戸のど田舎で無骨な侍に囲まれているよりも、生まれ育った都で筆をふるう方がやはりのびのびと描けたのではないかと邪推もする。
 加えて、海北友松(かいほうゆうしょう)の群鴉図屏風もあった。海北友松といえば、浅井家(信長に攻め滅ばされたあの浅井家)の家臣の子であったが、一命を許されたあと秀吉の勧めで絵の道に進んだ。
 海北友松は「画龍の名手」として知られていて、建仁寺には彼の描いた雲龍図襖がある。一緒にツアーに参加されていた方がそれを見てきた直後らしく、「あの龍の方ですか」と驚いていた。
 群鴉図屏風は枝にとまる一羽の梟の周りに無数の鴉が群れている、ユーモラスながら緊迫感のある図柄。
 浅井家の元家臣というだけでなく、その後仕えた豊臣家も晩年には滅ぼされるわけだから、この屏風には戦国の不穏な空気が込もって感じられる。
 金地院はその由来を辿れば足利時代に遡るが、この南禅寺の金地院を創建したのは以心崇伝。彼は、徳川家康のもとで徳川幕府の制度設計にも参画して「黒衣の宰相」とも言われた人であった。
 そういう人の創建した金地院に、徳川御用絵師だった狩野派と激しく対立した長谷川等伯の絵が並んで飾られているのは実に興味深い。案内の方の説明だと、猿猴捉月図と老松図は元々は別の寺にあったものがここに運び込まれたそうだった。
 そのため、今は4面が猿猴捉月図、接する4面が老松図となっているが、老松図は元は6面で、残りの2面は小堀遠州の作となる茶席「八ツ窓茶席」の一部に転用されている。
 この八ッ窓茶席がまた興味深い。
 ちなみに、ここまででもう一回整理しておくけれど、小堀遠州の庭、狩野尚信(狩野探幽の弟)の襖絵、長谷川等伯の襖絵、海北友松の屏風、狩野探幽の襖絵、書き漏らしたけど、雲谷等益の《濡烏屏風》をたった4人で見てきたところだ。何ならこのまま茶会を始められる人数なのだ。
 八ッ窓茶席は、それ自体が重要文化財とあって入れないが、中の様子は間近に覗ける。三畳台目と言われる、つまりは、畳3畳に台目と呼ばれる4分の3畳の点前座がついている。その点前座の奥に、亭主の通る茶道口があって、そこを通って裏側にまた六畳の茶室がある。
 三畳台目の方は躙口の他に、先ほど言った、長谷川等伯の老松図の2面を用いた襖があり、貴人をもてなす時はこちらから招き入れたそうだ。すべての人が躙り口から入る千利休の理想はここでは遠いものになっている。
 その代わり、ってのもおかしいが、ざっくばらんなお茶会は八ッ窓茶席の裏につながる六畳の茶室で行われたようだ。千利休古田織部のように茶のおかげで切腹させられてはたまらない。
 とはいえ、茶のために命をかけた時代を小堀遠州もまた生きてきた。そういう命懸けの茶の残照もほのかに感じられる。それは、躙口の理想に反した茶席の裏側にもうひとつ別の茶席を作ること自体が物語っているだろう。
 八ッ窓茶席の床の間はわずかに狭くなっている。やや手前にせり出している。その分は裏の茶席の浅い床の間になっている。裏の茶席は床の間の上部に板を貼り、角は滑らかにカーブを作らせ、床の間の浅さ自体が味わいになるように設られている。
 金地院に家光を迎える準備の途中に以心崇伝自身が亡くなったためここに家光を迎えることはなかったそうだ。
 また、八ッ窓茶席には六つの窓しかなくいつかの時点で改装された可能性もあるそうだ。
 方丈の特別拝観から始めたので、庭園の拝観は順路を逆に回ることになった。

金地院方丈
金地院方丈

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開山堂
開山堂

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東照宮 天井画 狩野探幽
東照宮 天井画 狩野探幽
東照宮
東照宮

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東照宮の門
東照宮の門

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東照宮の門
東照宮の門

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弁天池
弁天池

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明智門
明智

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