『フォーチュンクッキー』ネタバレ

 オチが最高。
 なのに、公式サイトの「story」のリンクに「ある日、クッキーのメッセージを書く仕事を任されたドニヤは、新たな出会いを求めて、その中の一つに自分の電話番号を書いたものをこっそり紛れ込ませる。すると間もなく1人の男性から、会いたいとメッセージが届き…。」
ってあるので、そんな話かと思って見逃すところだった。公式サイトが、ストーリーを「mislead」するのは許されると思うけど、「misread」するのはどうかと思う(もちろん、本気で読み間違えてないのは公式サイトを開いた時点でわかるが、この文章はよくないと思う)。
 どこがよくないかというと「新たな出会いを求めて」とは私には思えないし、加えて「すると間もなく」は明らかに違う。よくないと思う。そもそも映画の原題は「フォーチュンクッキー」ではなく「フリーモント」ってカリフォルニア州の町の名前で、たしかにこれでは日本人には通じないが、すくなくとも、ジム・ジャームッシュ感は出ると思う。『パターソン』だってどこの地名か知らないのだけれど、あのタイトルは「パターソン」でよかったと思う。もちろん、ジム・ジャームッシュアダム・ドライバー永瀬正敏ってラインアップだから可能だったには違いないが(あれ?、あの映画のゴルシフテ・ファラハニも中東出身だったからちょっとオマージュなのかも)。
 フリーモントwikiによると、「アフガニスタン紛争が発生して以降、アフガニスタンから大量の難民が流入フリーモントアメリカで最もアフガニスタンアメリカ人が集中している場所」だそうだ。
 主役のドニヤも、そして、彼女を演じているアナイタ・ワリ・ザダも、そんなアフガン難民のひとり。米軍基地で通訳をしていたためにアメリカに逃れることができた、というあたりは、『コヴェナント/約束の救出』を思い出させる。ただ、家族はアフガニスタンに残したまま。彼女のせいでタリバンから脅迫されている。
 不眠症のドニヤは同じアパートの友人に順番を譲ってもらってカウンセリングに通うことになる(このカウンセラーを演じてるグレッグ・ターキントンがおいしかった)。この辺の描写は抑制が効いていてよい。公式サイトがアキ・カウリスマキの名前をだすのもわかる。ただ、オフビートってのは違うかも。奥行きが深いといいたい。アパートは難民の集合住宅のようだった。なので、彼女を含めて隣人たちが抱えている背景はかなり重いことが想像できる。何も語られていないが正しく表現されていると思う。
 監督のババク・ジャラリはイラン生まれのイギリス人なのか、もしくはイギリス育ちのイラン人なのか、とにかく8歳までイランで育ったそうで、故国でアフガン難民に触れることも多くあったそうだ。この作品は彼の4作目の長編で、過去作の撮影中にフリーモントというアフガン難民の多い町のことを知ったそうだ。
 ちなみにWikiによると、「フリーモントのアジア人のコミュニティの中では、最も大きい民族のグループは中国系、インド系、フィリピン系」だそうだ。だから、ドニヤがフォーチュンクッキーの工場で働いているのは自然なのかも。監督インタビューでは「なによりも彼女が一人の人間であるということを描きたいと思いました」と語っている。
「ドニヤは今アフガニスタンの外にいて、そのことに対する罪悪感やトラウマを抱えてはいるけれども、これから素晴らしいことが起きることに対する心の準備ができている。前を向いているんですよね。ただ、それはアメリカンドリームのような軽々しいものではありません。あくまで一人の人間として求めるものです。」
 全編モノクロームの副産物として、肌の色がよくわからない。ダニエル役のジェレミー・アレン・ホワイトも銀シャリの鰻さんに見えた。
 また、画面の構成もよい。公式サイトのスティル写真をみてもわかる。写真のセンスがないモノクロ映画はひどいことになるものだが、ポストプロダクションがよいのかレンズがよいのか、空気感が伝わる。写真用語でいう抜けがよい。
 そういうセンスのよさが最後のオチにもよく出ている。(えっ何々?)って程度の伏線の張り方も絶妙だし。やられたわ。英語がわかると、というか、字幕ではなく英語で見ている観客はもっと「そういうことか!」ってなったんじゃないのかな。ぜひネイティブの人に聞いてみたいものだ。
 ほんとにいやな人は出てこないって意味でも落語を思わせる。背景に過酷な現実を潜ませながらも画面全体の空気は明るい。

mimosafilms.com

meandyou.net




 

枯れ葉

枯れ葉

  • アルマ・ポウスティ
Amazon