私が最初に桂米朝師匠の噺を聞き始めたころ、米朝師匠はすでに古希だった気がする。そのころはそれを何とも思っていなかったが、今考えるとびっくりするほどお元気だった。そのころは、喜楽館とか繁昌亭とかの寄席どころではなく、今はなきサンケイホールが米朝一門のホームグランドだった。寄席とは規模が違う。七十なのに脂が乗り切っているように見えていた。枝雀も吉朝もまだ元気で米朝一門はわが世の春って感じだった。
今回のこの生誕百年祭で、米朝師匠が酒が好きだったという話を聞くにつけ、その歳でその酒呑んであの元気でしたかと驚かざるえない。雀三郎さんなんかは調べてみるとまだ今年で六十六歳なので、米朝師匠のことを考えると噺家としてこれからだなと思う。雀三郎さんは師匠の枝雀さんが早くに亡くなったせいで、ちょっと世をはかなむ気配がある。師匠の歳を越してしまった還暦に京都で大落語会を打って追善とした感じはあった。
でも、実は、これから噺家としていちばん実りの多い季節に入るのではないか。枝雀、吉朝、そして古今亭志ん朝と、なぜか噺家の早死にが続いたので、空気がそんな感じでなくなってるかもしれないけどこれからが盛りってのが本流の考え方だと思うので、これからもガシガシ新作作ってほしいわ。雀三郎さんの創作落語は、これはまた桂文枝とも笑福亭仁智ともちがって、時代の空気を感じる。以前、まくらで学生のデモと機動隊の訓練をビルの上から眺めていた話をしていた。若者文化って、実は、60年代にしかなかったみたい。その後は文化といえるほどのものはついにつくられなかった。せいぜい若者風俗で。雀三郎さんの創作落語にはその若者文化の空気が閉じ込められていて面白い。「焼肉食べ放題」とかの音楽活動をしてしまうのにもその空気を感じる。
桂結女花、桂米舞、のおふたりは女性だった。桂二葉の成功が契機なのか、それとも、そういう時代なのか、女性がふつうに噺家をすることに違和感がなくなった。「ムリだろう」と思ってたのが不思議に思えるくらい。逆に言えば、いま自然に思えてるのが不思議に思える将来が来るのかもしれず何とも言えないが、とにかく今は何の違和感もない。
団治郎さんは先日と演目がいっしょなんだけど、これは変えた方がよかった気もする。これはままあることだけど、この米朝生誕百年記念に関しては下手すれば一週間通い詰める客もいた可能性もあり、それ考えるとネタかぶりは避けた方がよかったかも。ただ、古典落語はどうせ同じネタを繰り返し聞くのですけどね。
大トリが桂米團治なのはこれはもう言うまでもない。「くっしゃみ講釈」は大ネタだとは思うけど、ただ、どっちかというと桂枝雀さんの演出に近い感じがした。これは常々感じることだけど、米團治さんはもっと端正な演出が似合うとおもうのだけれど、そして小米朝時代はそうしてたと思うのに、ときどき桂枝雀の演出に引っ張られるときがある。
枝雀の衝撃って実は米團治さんくらいがいちばんくらってるのかもしれない。でも、枝雀落語は枝雀しかできない。し、特に、米團治さんの人柄に合わない。
人間国宝の長男ってのは重荷にはちがいないだろうけど、笑芸にとってはフリでもあるわけで、そこはもちろん十二分に意識しているだろうけれど、もっとたっぷり引いた方がいいと思う。小米朝時代はそうしてたように思うけどなぁ。
桂しん吉さんの「酒呑み列車」は米朝師匠がふとしたついでに思い出した昔の漫才のネタがもとになっているそうだ。米朝落語はそういうオタク的な面白さが真骨頂でもあった。
