NHKに対する抗議デモ

knockeye2009-06-24

このところ渋谷を騒然とさせているNHKに対する抗議デモは、それに対するマスコミの徹底した黙殺がその異様さを際立たせている。
抗議の内容は、四月五日に放送されたNHKスペシャル「シリーズJAPANデビュー」第一回の放送内容が、台湾を反日的であるかのように、意図的に情報を誘導した疑いに対するもので、具体的にいくつかの例が挙げられているが、私が一番気になったのは、柯徳三という方のインタビューのうち、負の面の証言だけが取り上げられ、プラス評価の部分がすべて削られてしまったということである。
最近のNHK及びその他のテレビやマスコミのあり方の異様さについて、つい先日(6月17日)に指摘したばかりだった。
そのとき引用した堀江貴文西村博之郷原信郎佐藤優といった人たちが言っていたテレビの問題点が、この抗議デモの発端となったその番組にも、まるでフォーマットでもあるかのように、コピーされている。
もういちど、「SPA!」6/9号(NHKのおかげでこの雑誌が捨てられない)の西村博之のコラムを引用すると

テレビ番組の場合というのは撮りたい映像が決まっていて、そこに当てはまる形で人を出演させたいのですね。
(略)
使いたい映像以外が出るのは、困るということなのですね。
(略)
印象をテレビ局側にコントロールされても、なぜか出演者はなかなか文句を言いづらいというのが、映像の世界にはあったりします。

日本人の場合、うかつに文句を言ったりすると、北朝鮮拉致被害家族とか高遠菜穂子さんみたいなことになってしまうので、泣寝入りするのが作法になっているようだが、そのお作法を海外にまで通用させようとしたNHKの鈍感さには戦慄させられる。「あるある大事典」どころの騒ぎではないのだ。
今回のこの騒ぎで西牟田靖さんの著書『僕の見た「大日本帝国」』の台湾のところを少し読み直してみた。
台湾の人たちの「親日」と「反日」の間で揺れ動く心が一番わかりやすい例として、西牟田さんがこの本で紹介している「日本人巡査森川清治郎」のことを思い出したからだ。
本によると、
台湾の人たちに「義愛公」と呼ばれ慕われている森川清治郎は、幕末の横浜に生まれた日本人で、明治30年、37歳のとき、巡査として台湾の副瀬村に赴任した。
当時の台湾は日本領になってまだまもなく、現地の人びとの抵抗も激しく続いていた。インフラは未整備、衛生環境も酷かったが、そんな中、彼は通常の勤務のほかに、子どもに勉強を教えたり、農業の指導をしたり、衛生対策に奔走したりと、村のために尽力して、やがて村人の厚い信頼を得るようになった。
赴任して五年ほどたったころ、新しく科せられることになった漁業税の重い負担に窮した村人たちは、漁業税をなんとか軽減してもらえないだろうかと、森川巡査に哀願したのだそうだ。森川巡査は彼らの窮状に同情し、村人の願いを上司に伝えて、税の軽減を訴えた。
しかし、巡査の願いは上司には聞き入れられず、かえって村人たちを扇動している疑いをかけられ、懲戒処分を受けることとなり、巡査はピストル自殺して彼の地に果てた。
巡査が亡くなって約20年後、副瀬村周辺で伝染病が流行し、村民の不安が高まっていたある夜、村長の枕元に制服姿の森川巡査が立ち、伝染病の対策を指示した。村人がその通りに対策を講ずると伝染病は沈静化し、村人は落ち着きを取り戻した。村人は木像を作って巡査を神として祀り、今でも、参拝の人は絶えないそうだ。
本に納められている「義愛公」の写真がよい。立派なひげをたくわえ、巡査の制服を着て鎮座するその姿は、ちょっと佐伯祐三の郵便配達夫に似ている。この神様は人気があるに違いないと思う。
台湾の人たちに重税を課したのも日本人だが、神と祀られているのも日本人なのだ。
ご存知の方はご存知の通り、西牟田さんは単身スーパーカブを駆り、旧大日本帝国領を旅して現地の人たちと触れ合いながら、この本をものしたのだった。
当時私はこの本は植村直己の「極北に生きる」に匹敵すると書いたけれど、それは、西牟田さんと現地の人たちの交流に感動したからだった。植村直己は現地のイヌイットの養子にまでなっているけどね。
しかし、どうだろう。西牟田さんのこの労作とくらべて、改めて今回のNHKの報道姿勢を振り返ってみて、果たしてNHKのこれがジャーナリズムといえるだろうか、現地の87歳にもなる方の善意のインタビューを、自分たちの都合のよいように改竄することが。
私はたまたま渋谷に映画を観にいったから、しかも、二回観にいったから、この事態に気がついたが、他の地方に住んでいる人は、このことに気がつきようもない。寒気がするような状況だ。
北朝鮮の国営放送とNHKとどれほど違うのか。公共放送が政府と官僚べったりの放送しかしなくなってしまうようなら(そして現にそうなっているとしか思えないのだけれど)もはや公共放送とはいえない。大本営発表にすぎない。
NHKは果たして必要か。受信料がゼロになった方が定額給付金より景気対策になるんだしね。