Stacey Plaskettの弾劾スピーチ


 
 町山智弘のYouTubeを観ていたら、トランプの弾劾裁判で、ステイシー・プラスケットという人が素晴らしいスピーチをしたと言ってたので探してみた。
 20年前、9.11のテロのとき、連邦議会のビルを狙った飛行機の44人の乗客は、自らの命を犠牲にして飛行機を墜落させたんですよ。それなのに、こともあろうに大統領みずから暴徒を煽って、その同じ連邦議会を攻撃させるってどういうことなんですかってことみたいです。

松本人志のニューヨーク評について

 ニューヨークのニューラジオが好きでよく聴いている。特に、あまり知らない若手の芸人さんたちとのトークが抜群に面白かった。霜降り明星との絡みとかも面白いし、そういう意味で、フリートークの彼らをまず好きになったと言っていい。
 彼らを初めて知ったのが、おぎやはぎの「めがねびいき」ってこともあり、「ニューヨークは漫才よりコント」っていうおぎやはぎの批評もあり、現にキングオブコントのコントが面白かったこともあり、2019年のM-1グランプリで、松本人志が「笑いながらつっこむのが好きじゃない」といった、ニューヨークの漫才についての評が気になりながらも、そんなに深く考えてなかった。
 でも、この1週間、ずっと伏せっていたので、ニューヨークの漫才も見る機会があった。それで改めて、なるほどと思ったのは、ニューヨークの漫才でどこが弱いかといえば、やっぱり、ツッコミだと思った。
 ニューヨークのネタは2人で練り上げるのだそうだ。ダウンタウンのネタは松本人志が考える。爆笑問題のネタは太田光が考える。みんながみんなではないとしても、漫才のネタはボケが考える場合が多い。ツッコミは最初からネタの外にいる。この違いは大きいのかもと思った。
 私が見た漫才は、ナイナイの岡村さんが「ハプニングバーのネタ」と呼んでる奴だった。嶋佐のボケはすごく上手いと思った。わざとらしくない。対して、屋敷のツッコミは、もちろん下手ではない(2年連続M-1ファイナリストのツッコミが下手なわけがない)が、どう言ったらいいのかよくわからないが、ボケの内容のユニークさに比するとツッコミにもうひとひねり欲しい気になってくる。
 おぎやはぎが「ニューヨークはコント」と言った意味もその辺にあるのかもと思った。ツッコミという漫才特有の仕組みに屋敷のキャラが乗ってないと思えてしまう。
 ダウンタウンの漫才とフリートーク爆笑問題の漫才とフリートークにそんな大きな違いはないと感じる。それに対して、ニューヨークの場合、漫才とフリートークが大きく違う。
 さまぁ〜ずおぎやはぎもそう言ってたが、東京の漫才にとってツッコミはハードルが高いそうなのだ。
 これは小林信彦も書いていたと思うが、ツッコミは熟練に時間がかかる。そのかわりツッコミのスキルが上がると、長く活躍できる。浜田雅功がその好例だと思う。
 ツッコミは大変。2020年のM-1グランプリ上沼恵美子松本人志がおいでやすこがに票を投じたのも、ツッコミに対する評価だったと思う。
 ツッコミがオリジナリティを獲得すると大化けできる。やすきよダウンタウンさまぁ〜ず(は漫才じゃないにしても)、オードリー、ぺこぱ。
 松本人志のニューヨーク評は、そういう一段高い要求だったんじゃないかと思った。

Jeff Koons = Capitalism , Andy Warhol = Populism

 まったく余談だけど、『人新世の「資本論」』を読んでて「ジェフ・クーンズ=資本主義、アンディ・ウォーホル=ポピュリズム」という図式が頭に浮かんだ。
 ジェフ・クーンズが作り出しているのは人工的な希少性だろうと思う。
 ナチズムが欧州を席巻したあと、アートの中心地がパリからニューヨークに移動した。でも、それは、パリのアーティストがニューヨークに移住したにすぎなかった。
 アートシーンがパリにあり続けるかぎり、アートの権威はパリにしかない。ニューヨークは新しいアートシーンを必要としていた。 
 ポップアートの大衆性、商業主義、匿名性、大量生産、それは、それまでの美術史の要請でもあったし、同時代の要請でもあった。
 美術史の文脈からすると、ポップアートは、本来、アートを希少性から解放するはずだった。しかし、そうならなかった。アンディ・ウォーホルのブリロボックスは、流通しているブリロボックスとどう違うか?。全く違わない。
 それでは、ブリロボックスは希少性を失ったか?。とんでもない。アンディ・ウォーホルのブリロボックスの落札価格は206,500ドルだ。

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アンディ・ウォーホル《ブリロボックス》

 では、その希少性は誰が作ったのか、といえば、市場が作った。アンディ・ウォーホルがそれを意図したかどうかは知らない。しかし、市場は、希少性のないところに希少性を作り出す魔法を手に入れた。
 その魔法の使い手の最たるものがジェフ・クーンズだと言える。

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ジェフ・クーンズと《ラビット》

 ジェフ・クーンズと彼の作品《ラビット》。落札価格91,100,000ドルだ。風船のうさぎを金属で再現しただけである。
 こういうことをコンセプト・アートとか名付けると、ここに希少性が生じる。
 これに100億円を投じるのがまさに資本主義である。ジェフ・クーンズは美を作ったのではなく商品価値を作ったのだ。まさにアメリカらしいアーティストで、ここに至って、アメリカのアートシーンが19世紀のパリのアートシーンとどう違うかが論じられる。
 ゴッホの絵の価格が高騰するのもそこに商品価値があるからだが、それはゴッホの絵の価値とは何の関係もない。それがつまり資本論なのである。
 アメリカのアートシーンはトランピアンとともに行き着くところまで行き着いたかもしれない。この先に何があるのかは予測しがたい。
 ヨーゼフ・ボイスの道が残ってるかも。

『人新世の「資本論」』読みました

人新世の「資本論」 (集英社新書)

人新世の「資本論」 (集英社新書)

 上の3冊を読んだ。
 『家族を想うとき』、『私はダニエル・ブレイク』を撮ったケン・ローチ監督は、「由緒ただしい」って感じの左翼。マルクスが『資本論』を書いたイギリスということもあり、マルクスの思想がロシアみたくねじ曲がらずにイギリスで発展していれば、多分こういうことなんだろう。是枝裕和が「労働者階級」を言ったらウソなんだと思うが、ケン・ローチがそれを言うときは説得力がある。
 しかし、ケン・ローチ監督の言論よりは映画の方が伝わるものが多い。映画がなくて言論だけなら、人を立ち止まらせることも難しかったろうと思う。正しいか正しくないかは別にして、言論だけを聞いているとガチガチの左翼の従来の主張との違いを見わけにくい。対談では、是枝裕和はちょっと引いてるように見える。
 これに対して、斎藤幸平はMEGA(Marx-Engels-Gesamtausgabe)と言われる、膨大なマルクスエンゲルスの全集刊行に携わっている研究者のひとりなので、言説が最新のマルクス研究に基づいて興味深い。特に、『資本論』第1巻の刊行後の最晩年にマルクスが取り組んでいた環境問題についての考察が目新しい。
 この人は最近露出が多いのか、私がたまたまよく見かけるのか、上の伊集院光の「100分で名著」だけでなく、坂本龍一のFMのラジオ番組にも出演していた。その時、デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』について話していたのが、個人的にはこの人に興味を持ち始めたきっかけだった。
 マルクスの言葉でいうと
「機械は労働者を労働から解放するのではなく、労働を内容から解放する」
一言で言うと「疎外」なんだけれども、「疎外」については、吉本隆明の『カール・マルクス』で私は学んだ。
 ソ連崩壊直後は、近代経済学者たちがマルクスをこきおろして快哉を叫んでいたものだったが、時代がふたたびめぐり、今またマルクスの言論が注目を集めている。もちろん、そもそもソ連の体制がマルクスの思想を体現しているのかという疑義は大いににあったが、その声は冷戦終結後のアメリカの独り勝ち状態の世界ではかき消され、自由主義経済の問題点をチェックしようという試みはなされなかった。
 凡百の評論家が口にする「新自由主義批判、市場原理主義批判」ではなく、資本主義そのものを真っ向から批判しているのが小気味いい。「新自由主義批判、市場原理主義批判」は、しょせん資本主義経済の延命処置にすぎないではないかということなのだ。
 資本主義が破滅に向かっているのはもう抗いようのない事実に見える。それは、alternative factではなく、simple factに見える。資本主義は囲い込みから始まったのだから、東西冷戦が終わり、自由主義経済が全世界を覆い尽くし、囲い込むものが何もなくなれば、あとは自分の手足を食い始めるしかない。それはもう自由も新自由もないただの野蛮状態にすぎないではないか。
 疎外からの脱却、公共性の回復といった目標のために、どのような行動が可能かという問いに、フランスやスペインの先進的な試みも紹介されているのが面白かった。フランスの黄色ベスト運動は、日本ではデモとか暴動の部分しか目につかないが、根本的にはやはりフランス的な進歩的な考え方なのだった。特に、マクロン大統領が現に実行したくじ引き民主主義の成果には驚いた。
 日本の政治家の劣化には目を覆うものがある。アメリカのトランピアンの跋扈を見ても、はたして選挙というシステムが民主主義にとって有益なのかと言う疑問は浮かんでくる。それに対する一つの試みとして、くじ引きで議員を選ぶのはありだと思う。そう言うことが、自立的な歴史のなかで民主主義を育んできたフランスやイギリスで試みられているのが素晴らしい。
 世界で2億人以上の農家が参加しているという、スペインのヴィア カンペシーナ運動など、やはり欧州から始まっているのが、うらやましいし頼もしい。また、日本人としては恥ずかしい気持ちにもなった。日本の民主主義は借り物なのでこういう大胆な実験ができないのだろう。
 日本は欧州と近代を共有していると、以前書いたが、日本は未だに近代にとどまっていて、その近代を金科玉条と崇め奉っているのが情けない。この間、森喜朗元首相が女性蔑視発言でJOC会長を辞めた。その発言について、「よくよく聞けば女性蔑視ってほどじゃないですよ」的な意見を見かけるのだが、オリンピックっていう国際的な行事を取り仕切るべき立場にある人の発言について、そんなレベルの議論で止まっているのがどうしょうもない。また森喜朗元首相の功績について云々の議論についても、功績の評価ポイントが全く間違っている、という日経新聞の記事がバズっていた。
 佐伯啓思の『近代の虚妄』は、欧州の思想と日本の思想を対比させ、東洋的な思想の可能性を示していたが、具体的な行動については言及されなかった。ひとつ引っかかっていたのは、欧州の思想を古代ギリシアから説き始めることは、それ自体が、実は、欧州自身による自画像ではないのかという点だった。吉田健一が『ヨオロッパの世紀末』、『ヨオロッパの人間』で示したように、欧州の出発点はキリスト教で、古典古代はルネッサンスになって初めて入ってきたというのが正しい気がする。
 西欧の思想は行き詰まっている、だから、東洋の思想に可能性がある、という言い方は、正しいとも思うが、言い古されてもいる。それは下手をすれば、「日本エライ」「日本すごい」的な言論に着地するだけかもしれない。それよりも、くじ引き民主主義やヴィア・カンペシーナのような実践に可能性をみたい気がする。

カール・マルクス (光文社文庫)

カール・マルクス (光文社文庫)

森氏辞任に考える 日本社会に残る無意味な風習: 日本経済新聞

ユベロス氏は「税金を一銭も使うことなくロス五輪を黒字化させた」という実績を持っています。これが本来、語られるべき功績の具体的な定量性であると思っています。

2021/02/19 14:30

www.nikkei.com
mainichi.jp
maga9.jp
knockeye.hatenablog.com

『スクリーンが待っている』

スクリーンが待っている

スクリーンが待っている

 西川美和監督が『すばらしき世界』を撮った顛末。
 実は、八千草薫さんもキャスティングしていたというのが驚きだった。
 役所広司が泣くシーンがあるのだけれども、たしかにあの前のシーンの役者さんが八千草さんだったら、あそこはもっと重さのバランスがとれていた気もする。
 でも、あの役者さんが全くの無名だったのでリアリティがあったとも言える。代役に気が回らなかったのは、もしかして八千草薫さんが、この役を闘病の支えにしているのではないかと、躊躇していたそうなんだが、八千草薫さんは考えたよりずっとプロで、冷静に状況判断していたって言う。
 女優という言葉は、一方では、人間のタイプかキャラクターを指し示すものとして使われがちだが、八千草薫に関しては、それは純然と職業だったっていう、実は当たり前の話。1950、60年代には当たり前だったことが、今また当たり前になりつつあるっていう、何か、時代の転換点にいる気がする。
 それともうひとつ印象的だったのは、三上(役所広司)の住むボロアパートの、下の部屋に住んでいた、どこか外国からの出稼ぎ風の三人は、実際に取材途中で出会った、インドネシアからの技能実習生だったそうだ。
 映画の中では彼らのその後に触れられないが、なんとも驚いたことに、彼らを雇っていた親方さんがいい人で(じゃなきゃ取材に応じないか)、ジャカルタに鳶の会社を起こす予定だそうで、あの映画の若者たちは、現地で経営に加わる計画だそうなのだ。夢のある話だなと思った。
 役所広司さんと前作の主役、本木雅弘さんの映画に対する流儀の違いも面白かった。

居酒屋たこしげ

 オードリーの若林さんが、ぼる塾の「まーねー」を見たくなって吉本の劇場にでかけたそうだ。それで、そのときの香盤表というのか出番のリストをみていて、「お笑いやるなら吉本だな」と思ったそうなのだ。冗談だろうけれど。このメンバーが楽屋にいれば、それはそれだけでもうテレビだなと。
 前に、南海キャンディーズの山ちゃんが自分を仲間と思ってないについて不服そうだったんだけど、そりゃそうかと納得したそうだった。
 とにかくこの一週間、ほとんど病臥していたので、ずっとYouTubeを流していて、いまさらながらこんなのを見つけた。ブレイク前の霜降り明星が新鮮。
 ベイブルースの河本さんは、若くして亡くなった。そこまで神経すりへらしてれば、そうなのかなとも思った。

7 #6 千原ジュニアの居酒屋たこしげ 実力派漫才師スーパーマラドーナと人気沸騰中の若手 霜降り明星が来店!



千原ジュニアの居酒屋たこしげ 2019冬SP #1【ケツカッチン高山・2丁拳銃】

村上隆 in みのミュージック

 1週間、また腰をやって寝ていた。歳を重ねるごとにひどくなる。死だけでなく加齢でさえも結局経験しないとわからない。
 同病の方にはわかると思うが、一瞬気が遠くなりそうな痛みなので、ブログは書けないみたいですね(書く人は書くんだろうな。正岡子規はすごいな)。
 で、YouTuberadikoばっか聴いてた。あとは読書。
 ↓超面白いですよ。


英語版チャンネル始動!?対談「村上隆 x みの」


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