鎌倉、江ノ島を散歩

 平日に休み。明け方まで大雨。めざめると晴れてる。特に予定ない。江ノ電。ということになった。

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江ノ電

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 江ノ電の魅力を写真で伝えられたと思えたことがない。平日の昼間は確かに空いているが、生活の足に使っている乗客もいるので、観光客で混んでる時よりかえってカメラを向けにくい。  
 この日も、足の長い美人がひとり乗ってきたので、アホのフリして写真を撮らせてもらおうかとも思ったが、万が一「いいですよ」と言われたとしても他の乗客に迷惑だし100%のパフォーマンスは発揮できない。
 「江ノ電もなか」のあるあたりから狭い街中をすり抜けて、カーブを曲がって腰越の海岸に出るところではいつもWOWと思う。上の写真、サザンの歌のように遠くに江ノ島が見えている。気分次第では稲村ヶ崎駅で降りて海岸を歩いてもいい。この日は明け方の雨のせいで動き出しが遅くなった。鎌倉もコロナ禍ぶりなのでそのまま鎌倉駅に向かった。
 鎌倉でいつも食べることにしていた西口の腸詰屋がなくなっていたが、閉店ではなく小町通り鶴岡八幡宮寄りの方に移転していた。

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腸詰屋のカレーソーセージ、390円

 西口にあった時は、立ち食いするチープ感が気に入っていたのだが、新しい店舗は、まだまだ仮普請ながら、座席も増え、湘南の地ビールなども飲ませる。もう少し、インテリア、エクステリアを整理すれば、ドイツっぽいテイストのおしゃれな店になりそう。
 いつも頼んでいたカレー味のソーセージにザワークラウトがついてきた。これを頼むようになったのは『カレーソーセージをめぐるレーナの物語 』を読んで、これを「カリーヴルスト」に見立てていたから、というか、思い込んでいたからだった。ホントのカリーヴルストはもっとチープらしい。ベルリンのたこ焼きみたいなものだそうだ。簡単なレシピなのでぜひメニューに加えて欲しい。これにライ麦パンを添えると更にドイツっぽくなる。ポンパドールで売ってるサワーブロートも美味しいが、ホントはライ麦100%の方がグルテンフリーって意味から望ましい。
 グルテンフリーがからだによいことは、経験的に実証されているようだが、小麦も古くからの主食であったわけで、悪いのはどうやら大量生産の過程で使用される農薬のようだ。モンサント社アメリカで訴訟に負けまくり、もはや欧米では商売ができない。で、どうやら今バイエル社を隠れみのにして狙っているのはTPPらしい。
 『食の安全を守る人々』って映画(何ちゅうタイトル!)を観て驚いたんだけど、NAFTAでやらかしたことをほぼそのままTPPを舞台にやろうとしている。そのためにまず金に弱そうな日本の政治家を丸め込もうとしているところだろう。日本で既成事実を作れればTPP全域に販路を広められる。日本はアジアに農薬を撒き散らす最前線になるわけだ。
 SNSで農薬の問題を持ち出すと「スピリチュアル」と言われるそうだ(笑)。

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鎌倉文華館

 坂倉準三の設計のかつての神奈川県立美術館鎌倉館は取り壊しの危機を乗り越えて今は鎌倉文華館としてリニューアルされている。坂倉準三はル・コルビュジエの許で修行した人なので、師匠が設計した国立西洋美術館世界遺産なのに、弟子の美術館は取り壊しか?という批判はわからなくもない。
 しかし、国立西洋美術館も戦後すぐのことで、主に予算の問題で、ル・コルビュジエの当初の設計通りではない。鎌倉館の方も取り壊しが論議される頃には、ドアの開け閉めにも注意が必要な状態だった。建物自体を歴史遺産として残すことには賛成だ。なぜなら鎌倉自体がそういう場所だからだ。しかし、それにしてはちょっと悲しい感じの修復ではある。
 鶴岡八幡宮所蔵の宝物を展示する場所としては機能するのではないか。鎌倉市の鎌倉国宝館、神奈川県立美術館鎌倉館別館と3館共通券とかは検討してもらいたい。
 

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鎌倉文華館鶴岡ミュージアムカフェから鎌倉文華館を望む

 敷地にあるミュージアムカフェで意外なものを見つけた。

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鶴岡八幡宮の大銀杏の切り株

 2010年に倒木した大銀杏の切り株。源実朝を暗殺した公暁が身を隠したと伝えられた鶴岡八幡宮のかつての大銀杏と、ひとつ屋根の下でコーヒーをすするのは悪くなかった。

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鶴岡八幡宮の大銀杏 ひこばえ

 紅葉はあいかわらず悪い。

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籏上弁財天の鳥居
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源氏池

 せっかく天気がよいのに残念。

 もう一度江ノ電に乗って江ノ島に行った。

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江ノ島大橋へ

 ものすごい強風でカモメとウインドサーファーは面白がっていた。

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江ノ島大橋
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江ノ島大橋大橋から富士山を望む

 欄干に体を押し付けなければカメラも構えられないほどの強風で、細かなしぶきでフィルターなしではレンズがやられただろう。

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日没

 春が近づくとともにこの落日が少しずつ富士に近づいて行くはずだ。

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富士山

『TOVE』観ました

 たぶん「ムーミン」の生みの親として知られているトーベ・ヤンソンレズビアンなのは、公然の秘密どころか秘密でさえないと、少なくとも自分はそう思っていた。ただ、こういう知識の疎密さは偏りがあって当然で、美術館通いが趣味のくせに、『MINAMATA』を見るまでユージン・スミスが日本に来ていたことさえ知らなかったりするわけだから、トーベ・ヤンソンが同性愛者だと知って衝撃を受ける人もいるかもしれない。
 そういうわけで、私は、映画『TOVE』は、この映画で描かれている通り、父親が彫刻家、母親が画家という芸術家一家なトーベ・ヤンソンの家族が、第二次世界大戦の激動をどう生きたかを、明らかに彼女の家族の反映であるムーミン一家の物語と、メタ的な構成で描かれているものかと、勝手に期待していたのだった。
 でも、それはあくまでこっちの勝手な期待にすぎない。本作はむしろ、2015年にパトリシア・ハイスミスの原作を映画化した『キャロル』に近い王道の恋愛映画だった。なんなら、スナフキンのモデルと言われるアトス・ヴィルタネンを演じたシャンティ・ローニーの雰囲気まで『キャロル』のカイル・チャンドラーに似てる。でも、この人がスナフキンに似てるかというとそんな気はしなかった。だから、それはこっちが勝手にムーミン寄りの鑑賞をしてるせいなのである。でも、それ、しょうがなくない?。主人公がムーミンの作者なんだし。
 アニメ大国日本の観客としては、たぶんムーミンを愛しすぎていて、ムーミン要素を多めに求めすぎるのだろう。たとえばトム・ハンクスウォルト・ディズニーエマ・トンプソンがP.L・トラバースを演じた『ウォルト・ディズニーの約束』と『メリー・ポピンズ』要素のようなそのくらいのブレンド具合が欲しかったわけ。
 ムーミンのキャラクターの中で、トーベ・ヤンソンが自己を投影しているのはどれだろうと想像を巡らしてみたこたは誰でもあるのではないか。私は、彼女が同性愛者だと知っていたからか、スナフキンこそトーベじゃないのかとアタリをつけていた。喫煙者であることも同じだし。もちろん全てのキャラクターに作者の反映があるのだろうけれど、まさかトフスランとビフスランだったとは。
 当時はフィンランドでも同性愛はタブーであるだけでなく犯罪であったそうだ。その世を憚る感じが、トフスランとビフスランにわずかに反映されている。しかし、世に背く緊迫感は、ベネディクト・カンバーバッチアラン・チューリングを演じた『イミテーション・ゲーム』ほど切実じゃないし、エマ・ストーンがビリー・ジーン・キングを演じた『バトル・オブ・セクシーズ』ほど後ろめたさもないように感じる。
 やっぱりそこは芸術家と、科学者、スポーツ選手の違いなのかもしれない。トーベを同性愛に導いたヴィヴィカ・バンドラーがパリから寄こした手紙に「セーヌ左岸は私たちみたいなオバケでいっぱい・・・」という文言がある。世間的にどうあろうと、トーベ本人は後ろめたさを感じてなかったろうと思う。
 最後にチラッと出てくるトゥーリッキ・ピエティラが、トーベの生涯の伴侶となる。彼女を演じたヨアンナ・ハールッティの雰囲気が実際のトゥーリッキにそっくり。

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トーベが描いたトゥーリッキ

 彼女たちふたりはクルーヴ・ハルという小さな島に小屋を建てて、30年近く夏を過ごすことになる。
 私たち日本人が知っているムーミンは、むしろそれ以降の壮年期の仕事なのかもしれない。トゥーリッキもたぶん敢えて立ち入らないトーベの青春期がこの映画が描いている時代なんだろう。いずれにせよ、青春を生き延びることが生きることである。
 トゥーリッキは「トゥーティッキ(おしゃまさん)」のモデルだそうである。『ムーミン谷の冬』で、冬眠中に目覚めてしまったムーミンの話し相手になるのがトゥーティッキだった。
www.moomin.co.jp

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ムーミンとトゥーティッキ

『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』

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都営霞ヶ丘アパート

 以下のグラフはこの夏のコロナ感染者数。

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コロナ感染者数推移

 東京オリンピックの会期が7.23〜8.8なんだけど、この感染者数の推移とほんとに何の関係もない?。
 もちろん、何のエビデンスもない。オリンピックの会期に見事に増加したなあと思うだけですけど。
 今度、というか、もうすでに東京の一部の映画館では上映が始まっている『ボストン市庁舎』の監督、フレデリック・ワイズマン町山智浩がインタビューしていた。


www.youtube.com

 フレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーには『ジャクソン・ハイツ』で魅了された。じきに最寄りの映画館に来るのでぜひ観たい。
 青山真也監督の『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』は、フレデリック・ワイズマンじゃんと思わせる。厳密に言えば、フレデリック・ワイズマンほど徹底していない。インタビューカットもあるし、BGMもある。が、フレデリック・ワイズマンを観たことがある人には通じるだろうと思う、ドキュメンタリーを撮るに当たっての覚悟みたいな点で似ていると思う。
 都営霞ヶ丘アパートには驚いた。1964年のオリンピックのために強制的に立ち退かされた住民が、2021年のオリンピックのためにまた強制退去させられたのだった。
 小林信彦が、1964年のオリンピックのことを「町殺し」と呼ぶのだけれども、その実態の一部がよくわかった。
 住民のコミュニティをしらみ潰しに潰し続ける行政。それが、60年間続いてきたって証拠でもあるわけだった、このオリンピックは。
 前にも書いたけど、「日本、家の列島」という日本のユニークな個人住宅建築を集めた展覧会が世界を巡回して話題になったことがあった。日本の個人住宅は、国際的な基準に照らして極めてユニークなのだそうだ。中でも衝撃的だったのは、壁を高く築いて隣家との接触を拒絶しつつ、角の祠に植っている桜の木だけが見えるように、その方向だけ壁を切り落としている家。
 その祠が、かつてそこにあったコミュニティの痕跡に違いないことを思うと、なんともグロテスクとしか言いようがない。
 歴然とした地域コミュニティの喪失を目の当たりにしつつ、建築の面白さなんかに興じていられる建築家っていったいどういう生き物なんだろうと、変種のマッドサイエンティストを見るような思いがしたものだった。
 この映画で、いちばん愕然としたのは、NHKの取材班が、番組の事前取材できているのをたまたまなのかどうか知らないが、捉えた映像だった。
 記者らしい女性が住民の一人暮らしの女性に「反対ということは言えないんですけれども・・・、」と何度も念を押すのだ。わたしには誘導としか見えなかった。「反対と言わないでください」ではなく「言えないんです」と言うのがいやらしかった。


www.youtube.com

根津美術館にて鈴木其一、酒井抱一、円山応挙

 根津美術館所蔵の鈴木其一の《夏秋渓流図屏風》が重要文化財に指定された記念展が開かれている。
 《夏秋渓流図屏風》を中心に据えて、関連する作品を展示していたので、これまであの絵に感じていた変な感じの正体が分かった。  
 あの絵に特徴的なのは、何と言っても渓流の青色なのだ。それがなぜ違和感を感じさせるのかが、酒井抱一の《青楓朱楓図屏風》と、円山応挙の《保津川図屏風》を見比べてよくわかった。
 《青楓朱楓図屏風》は、尾形光琳のオリジナルを抱一が写したものだそうだ。光琳のオリジナルは失われているが、酒井抱一自身が集めた『光琳百図』にその構図が残されている。これが光琳らしくデザイン性に優れた画面で、こういう構図には目が覚めるような青い流れがよく似合う。しかし、その青い流れには、「光琳波」と言われる意匠的な波の表現がふさわしい。
 これに比べて、「写生」を標榜した円山応挙の《保津川図屏風》の流れは、ほとんど水墨画に近い淡い色で、右隻左隻の両方から実際に水が流れ寄るかのようなダイナミズムがある。
 鈴木其一の《夏秋渓流図屏風》は《青楓朱楓図屏風》のようなベタな青で《保津川図屏風》のようなダイナミックな流れを描いているので違和感があるみたい。
 鈴木其一はほぼ幕末の人で、さまざまな流派の画風を貪欲に学んだ人だった。サントリー美術館で開かれた回顧展には、まるで伊藤若冲風なものもあったし、今回の展覧会でも、《昇龍図》の水墨も見事だし、《菊図》は沈南蘋とか田能村直入みたいなボタニカルアートを思わせる。《浅草寺節分図》は浮世絵風でもある。 
 《夏秋渓流図屏風》は、そういうミクスチュアが、ちょっとぶっ飛んだ感じになったんだと思う。多才で多作という意味では、幕末の横尾忠則さんみたいな感じだったかも。
 図録を見ていて気が付いたけど、11月30日に展示替えがある。《藤花図》が明日まで。
 2階の第六室では、炉開きの炭手前のしつらえが展示されていた。11月は世間ではハロウィンとクリスマスに挟まれて何もないようだけれども、お茶の世界では、炉開きの改まる月。
 短冊に鴨祐夏の「ふみわけむ跡おしまれてけさはまた人をも問わぬ庭の白雪」という歌があった。展示を見ているだけでも切り炭の温かな匂いがしそうだった。
 庭の紅葉は、大山と同じく、やはり今年は裏作みたいで、色つきは例年よりはよくないようだった。
 

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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭 斑鳩
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭
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根津美術館の庭 結界石

www.nezu-muse.or.jp

バチくるオードリー

 バカリズムが、オードリーのオールナイトニッポンを「『北の国から』じゃん」と評してた。
 「あちこちオードリー」もそういう「北の国から」的な、映画で言うと『6才の僕が大人になるまで』みたいな、登場人物のキャラクターが、それを演じる役者さん本人のキャラクターと、虚実両方から重なるような、そういう笑いの作り方をしてきた流れの上にある。
 『足りない二人』の漫才もそうだった。圧倒的なスキルの即興漫才でありながら、山里亮太若林正恭の実人生のぶつかり合いでもあるというような。
 そういう笑いのカタチが、既存のものといかに違うかは、グッと遡ってみて、たとえばやすきよの漫才まで遡ってみれば、全然新しいってことはわかりやすい。やすきよの漫才はよくパロディにされた。「君とこの嫁さんは・・・」とかいう、お互いの家族を茶化すような(実際のやすしきよしの漫才がそうだったかどうかはひとまず置いて)そういう漫才だと評されていたにしても、その「嫁さん」は、実際の彼らの嫁さんではなく、それはあくまで漫才上の架空のキャラクターだった。もっと遡れば、林家三平の「よしこさん」は実在しなかった。
 でも、それはまあ当然のことで、ダウンタウンの漫才がシュールだと言うのは、「君とこの嫁さん」「ウチの妻」という日常から絶妙に飛んでみせたからだった。
 しかし、ダウンタウンの漫才は、日常性を飛び越えたオリジナリティのために、松本人志のキャラクターを偽りなく晒したとも言える。
 オードリーの場合、作家である若林正恭がツッコミなので、彼自身の作品である「ズレ漫才」の演者、春日俊彰のタレント性が先に注目されたけれど、オールナイトニッポンのエピソードトークで、彼ら自身の日常を笑いに変える「北の国から」的な笑いを、一方で営々と続けてきた、そちらが今は実を結んで「あちこちオードリー」などの番組につながっていると思う。
 「あちこちオードリー」は、プロデューサーの佐久間宣行が自身の番組であるゴッドタンの一企画としてやっていた「お笑いを語れるバー」のスピンオフでもある。また、彼自身語っていたと思うが、関西ローカルの「やすよ・ともこのいたって真剣です」のオマージュでもある。
 つまり、当初は、この手の番組は全国ネットではほとんどなかった。「だから作ったのに、今は増えすぎた」と佐久間宣行は、YouTubeで語っていた。
 「足りない二人」「オールナイトニッポン」「あちこちオードリー」と、楽屋話的な笑いが増えていく中で、若林正恭の作家性はどうなるのかなと、つまり、しんどくならないのかなと、余計な心配をしないでもなかったが、「バチくるオードリー」という新番組を観て驚いた。
 若林正恭は号泣していた。TAIGAさんの作詞に関取花がつけた曲を聴いて泣いている。これは、若林正恭自身の持ち込み企画だから、このくだりまで予想の範囲内で企画したに違いない。若林正恭の号泣でスタジオは大爆笑している。あの号泣が最高のボケになることはきっちり計算した上でのこの企画だと思う。
 その証拠(っていうのも変だが)に、TAIGAさんに続いて登場したゲストのザ・マミィの酒井貴士は登場から泣いていた。これははっきりと番組の意図を理解してやってるボケだと思う。この酒井の飲み込みの速さもすごい。
 若林正恭が泣くわけだから、普段は番組を進行しない春日俊彰が進行にまわるわけだが、これは「オードリーのオールナイトニッポン」でも最近よく話題になる、お子さんが生まれてから春日俊彰さんがツッコミを頑張るようになったのを見越しての、この企画でもあったのだと思う。
 自分が泣く、春日が進行に回る、酒井貴士が泣く、というところまで含めての、バクチまで言わなくても、けっこうな冒険だと思うが、自分が泣く、自分の感情を晒すことが、同時にボケになるまで計算した上で一歩踏み出してみる、前を向いてる感じがさすがだと思った。
 実は、時系列的には、「バチくるオードリー」の後になる「オールナイトニッポン」のオープニングを聴いて「?」と、何か前フリがないとこれはおかしいと思って「バチくるオードリー」を見返してみたわけ。さすがです。

tver.jp

大山の紅葉情報 2021

 明日は雨だというのでふと思いついて、大山に紅葉狩りに出かけた。コロナ禍もいったん落ち着いてきた感もあり、この間ずっと出かけてなかったので忘れてたけど、この時期の大山は「密」なのだった。

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大山ケーブル駅

 ホントは先週に訪ねようかなと思ったのだが、今は、Googleマップの最新投稿の写真をチェックすれば、紅葉の進み具合がわかる。それによると、今年は、箱根も大山も紅葉の色つきが悪いみたいで、ちょっとモチベーションが下がる。1週間寝かせたがどうも裏年みたいでこのまま枯れるみたいだった。

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大山寺の紅葉

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 大山寺の石段の楓も例年はほんとうに紅葉の天井のように石段を覆うのだけれど、今年はご覧のように一部まだ青い色が残ったまま、一部は霜枯れしている。
 ちなみに2010年はこんな感じだった。

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大山寺2010.11.20

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大山寺2010.11.20

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 下の方に小さく人が写っている。比較してもらいたい。空が全く見えない。もしかしたら、木の数が減ったかな。

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大山の紅葉

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 一枚一枚の紅葉も均一に色づいていなくて絵にしにくかった。ちなみに2010年はこんな感じ。

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2010.11.20の大山の紅葉

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 2013年の画像も見つけた。この年は人が多すぎて石段を撮るのを断念したみたい。

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2013.11.24の大山寺

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 今年は、阿夫利神社の登山道入り口の楓がいい感じで、そちらを何とか絵にした。

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大山阿夫利神社登山道入り口

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大山阿夫利神社 登山道入り口

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大山阿夫利神社

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大山阿夫利神社

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大山寺本堂

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大山寺

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大山寺の参道

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大山寺参道

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大山寺

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大山寺の柱の足元

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大山ケーブルカー

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大山ケーブルカー

 この新しいケーブルカーにも初めて乗った。2016年のグッドデザイン賞とあったので、しばらく来てなかったみたい。
 ちなみに2010年のケーブルカー。

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2010年の大山ケーブルカー
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2010年の大山ケーブルカー

星野源の語る松尾スズキ、太田光の語る向田邦子

 星野源オールナイトニッポン細野晴臣がゲストに来ていた。細野晴臣は映画『さよならアメリカ』が公開中なので、一時的に露出が増えているのだろう。鶴瓶さんとこのラジオでも話題になっていた。
 しかし、今回はその話題ではなく、星野源オールナイトニッポンのオープニングトークと、爆笑問題カーボーイ太田光のオープニングトークが奇跡的にリンクしていたって話。
 radikoで聞いているのでこういう楽しみ方ができる。
 星野源さんは、高校時代の闇の中で松尾スズキの演劇に出会った話。太田光は、三島由紀夫が自決した時に向田邦子が書いたエッセーの話。
 星野源さんが初めて観た小劇場のお芝居が松尾スズキの「マシーン日記」の初演だった。これは今でも再演されることがある片桐はいりさん主演のお芝居で、内容はちょっと放送では言えないような「惨劇」だそうなのだけれど、一方でこれがお腹が捩れるほど笑えるのだそうだ。そして、どうにも救いようのない終わり方をした後エンディングに、スライドで「人はどこから来てどこへ行くのか」とポール・ゴーギャンみたいな問いかけが映し出されて、何かしら哲学的な考えに浸ろうかなと思う間もなく「タコちゃんは海に帰ったとさ ー byあき竹城」という二枚目のスライドでサゲになる。星野源は衝撃でしばらく動けなかったそうだ。ちなみにタコちゃんというのは当時、海水浴場で溺れて死んだたこ八郎さんのことで、あき竹城さんは親友だったそうなのである。
 そうやってサゲをつけられてしまうと、一瞬先の哲学的な感じにはもう戻れない。笑いが、惨劇も哲学も綺麗さっぱり洗い流してしまう。そのお芝居を見て、大人計画に入ろうと決めたのだそうだ。「ドロドロしたものを抱えててもいいけど、出すときは面白く出そうよ」と言われた気がした。
 
 太田光は、自他ともに認める向田邦子のファン。最近も黒柳徹子向田邦子の番組を放送した。高田文夫さんからその放送の感想をもらって、ふと、そういえば、TBS紛争の間近にいたはずの向田邦子は、その頃何を書いていたのだろうかと探してみて、三島由紀夫の自決について書いた「水虫侍」というエッセーを見つけたそうだ。
 ちなみに、以前ここにも書いたか、三島由紀夫は、自決直前ころのインタビューで、「陸軍の暗い情念」が好きだと言っていたが、当時は戦争の実情があまり知られていなかったと思う。「陸軍の暗い情念」などというその言葉自体が今から見ると笑える。
 当時、TBSから「水虫侍」というコントの執筆を依頼されていた向田邦子に、番組のディレクターから電話がかかってきた。締め切りが明日なので催促の電話だろうと身構えて聞いたが、「テレビを見てください」という。ちょうど三島由紀夫が自決した日でテレビはそのニュースで溢れていた。「すいませんけど、いま、憂国だの切腹だのはまずいんで、『水虫侍』はボツということで」となったのだそうだ。
 「水虫侍」で、三島由紀夫の「暗い情念」がみごとに笑いに転じている。太田光は、改めてそこに感動していた。

 『三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜』で、反知性を表明していた三島由紀夫だが、反知性を表明するかぎりはバカになるしかなかった。だとしたら、もっと「面白く」やるべきだった。
 星野源太田光は、全然「畑が違う」人たちだと思うが、やるなら面白くやろうよ、という、そこで一致している。そこが頭ひとつ抜けてるところだと思う。