入管問題についてのリンク集です

 「締約国は、難民を、いかなる方法によっても、人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見のためにその生命または自由が脅威にさらされるおそれのある領域の国境へ追放しまたは送還してはならない」と、難民の地位に関する条約の第33条【追放及び送還の禁止】に書いてあるそうです。
 2015年時点では加盟国数は145カ国。日本も1981年に加入しています。国際連合全権委員会議で、1951年に採択されました。
 つまり、日本は難民を「送還してはならない」んです。ところが、2018年に日本で難民認定を受けた外国人は42人。前年(20人)より増えたが、1万人以上いる申請者に対し、認定率はわずか1%以下となっている。
 言い換えれば、毎年、一万人以上の人の生命と自由を脅威に晒している。日本の入管がです。それどころではなく、現に、彼ら自らの手で何人も殺している。
 そして、この問題は何年も前から、国連で名指しで批判されています。なぜこれで平気な顔をしていられるのかわけがわからない。制裁を受けても文句が言えない異常な状況です。
 ちょっと立ち止まってまじめに考えた方がいい。オリンピックなんてどうでもいいです。

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『街の上で』

 今泉力哉監督は大阪NSCの26期生、かまいたち、和牛が同期だそうだ。今年はニューヨークがブレイクして東京NSCが注目を集めている。吉本興業が始めたこのタレント養成学校は、その一期生のダウンタウンを頂点に、今の芸能界に及ぼした影響はすごく大きい。
 世界に市場を広げた韓国映画の源流に、金大中大統領の戦略とCJグループのイ・ミギョン副会長の先行投資があったように、NSCダウンタウン、二丁目劇場などの常打ちの小屋、そして、M-1グランプリというコンテストという、こんなすぐれたエコシステムを作り上げたのは、吉本だけなんじゃないだろうか。ジャニーズ、秋元康日本映画大学を全部合わせたみたいな。
 といいつつ、今泉力哉監督の映画はこんかいがはじめてだった。昔、『こっぴどい猫』っていうモト冬樹主演の映画を観にいこうとしていたことがあった。ところが、これがどういうわけか上映が取りやめになった。映画館のつごうなのか何なのかいまだにわからないが、そういうわけで、とにかく観たかったのに観られなくて、今考えるとそこでみそをつけてた感じか。
 『愛がなんだ』がたぶんいちばん有名なんだと思うけど、なんか女子ウケしてるって評判で、ちょっと近づきにくく『あの頃。』は面白そうだったのだけれども、コロナ禍での精神状態と『愛がなんだ』のときの先入観もあったのかな、なんか観にいかなかった。
 この『街の上で』がわたしにとっての今泉力哉初体験になったわけだが、『こっぴどい猫』を観られてたら、三木聡監督作品みたいに追っかけてたかなぁと残念に思った。
 今回のが、原作のないオリジナル脚本なのもしっくり来たのかも。よく言われていることなんだけれども、セリフの自然さがすばらしい。それと、舞台がコロナ禍以前の下北沢なのもすばらしい。土地が物語と密接につながっているって作品があるでしょ。これもそのひとつ。最初に東京NSCの話から始めたのもそのせいがあったかも。東京NSCがどこにあるのか知らないんですが、下北沢が若い演劇人の聖地であることは知っているし、そういう空気ね。映画の中にもそういうシーンが出てきます。下北沢あってのこの映画だなと、そういうことを思わせる映画ってなかなかえがたいと思うのですよ。
 それからキャスティングがすごく好み。若葉竜也が主演。あんまり話題にならなかったかもしれないけど、石井裕也監督の『生きちゃった』は去年観た日本映画のなかでは群を抜いてよかったし、ほかにも石井岳龍監督の『パンク侍、斬られて候』、吉田大八監督の『美しい星』、赤堀雅秋監督の『葛城事件』。
 それから、萩原みのり。二ノ宮隆太郎監督の『お嬢ちゃん』がすごくよかった。『37セカンズ』のときも含めてみんな気の強そうな役なんだけど、全部感じが違うのがすごいと思います。
 それから、『愛がなんだ』にひきつづき成田凌ね。それを言えば、若葉竜也もそうなんだけど。成田凌については『まともじゃないのは君も一緒』はぜひとも観にいくつもりにしてます。来週、あつぎのえいがかんkikiに来ますのでね。
 日本映画って「金がねぁなぁ」と思うことが多いのですよ。『キングダム』とか『進撃の巨人』とか。でも、それはそれとして、低予算映画賞ってのがあったとしたら、かなりぶっちぎりで賞レース総なめにするかもなと思いなおしました。いいか悪いかしらないけど。
 エンドロールなんて『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の3分の1もないくらい。もうすこし市場を広げられないものかと心配になります。

『AGANAI 地下鉄サリン事件と私』盛大にネタバレ

 地下鉄サリン事件を知らない人のため書いておくと、1995年3月20日オウム真理教というカルト団体によって、東京の地下鉄車内に毒ガスのサリンが撒かれ、多くの死傷者を出した。あのとき死者が奇跡的に少なかったのは、松本サリン事件を経験したていた医師が、地下鉄サリン事件のTV中継をたまたま見ていて機転を利かせたからだった。そうでなければあの程度の被害で済むはずがなかった。
 この映画の監督のさかはらあつしは、この事件の直接の被害者で、今でも後遺症に苦しめられている。オウム真理教の後継団体アレフの広報部長の荒木浩は、この映画で見るかぎり、さかはらあつしと年も一歳違い、出身大学も同じく京都大学、そして出身地もほど近いところだったらしい。さかはらあつしは荒木浩を、いわば、地獄めぐりの旅に連れ出す。つまり、大学、故郷、かつての家、といったように。
 社会的な意味でのオウム真理教への評価はすでに着地していると思うがどうだろうか。いま、それを改めて告発する意味はさほどない。そこに価値を見出せるのはパパラッチ的ジャーナリズムを生業にするものだけだろう。さかはらあつし自身も時にその出自に戻って、そのような告発の態度を取る。しかし、彼を動かしている本質的な動機がそこにはないことは伝わる。「なぜ」という止むに止まれぬ問いが、この20年間彼の中で繰り返されてきたことが、荒木浩との対話の端々から感得される。
 さかはらあつしが、空海の『三教指帰』について荒木浩に尋ねる。なぜなら、『三教指帰』は空海が自身の出家について、なぜ儒教道教でなく仏教なのかを説いた、いわば空海の出家宣言の書なので、さかはらあつしは、空海の論理性が荒木浩自身の出家にあるのかを問うているわけ。
 荒木浩は「空海はその3つを比べその1つを選んだ。が、4つならどうなったか」と、少しはぐらかした答え方をする。
 それに対してさかはらあつしは「3つから1つを選ぶのと4つから1つを選ぶのとの違いは、1つから1つを選ぶのとの違いとは大きく違う」と反論する。
 つまり、地下鉄サリン事件のような未曾有のテロ事件を起こすオウム真理教をなぜあなたは選び続けるのか?。さらには、そもそもあなたが出家を選んだその判断は理性的だったか?、と問うているわけ。
 このさかはらあつしの問いは、カルトを離れようとしない荒木浩に対して決定的であるように思えた。それで、荒木浩がどう答えるのか固唾を飲んだ。  
 荒木浩は、こどものころサッカーをしていた彼の弟が「骨肉腫かもしれない」と診断された少年時代の思い出を語った。精密検査の結果次第では切断かもしれないと、両親と彼は知っていた。弟は何も知らない。結局、検査の結果、良性の炎症にすぎないとわかり、弟は回復し、家族の生活も旧に復したのだけれども、彼の中では何かがかわってしまっていた。
 3つ、4つ、5つ・・・と選択肢を増やしていって一体何になるのか?。それでは空海はなぜ天台ではなく密教を選んだのか?。選択肢がいくつあろうが最後の選択は結局、直観にすぎないはず。であれば、1つから1つを選んだ自分の出家も、3つから1つを選んだ空海の出家も何の変わりもないはずだと荒木浩は言いたいわけ。
 無常が迅速であり、選択が直観によらざるえない以上、いったん出家した後に、他にもっといいのがありそうだからやっぱ辞めたを繰り返す意味はない。それが師を選んで出家するということですと荒木浩は言う。
 この問答は見事だと思った。さかはらあつしが地下鉄サリン事件の被害者であることと、荒木浩が今でも麻原彰晃を師と仰いでいることの間には何の関係性もない。論理的には荒木浩の言う方が正しいと思う。
 さかはらあつしは、地下鉄サリン事件の被害者として、そのゆるぎない特権を持って荒木浩に迫るしかない。荒木浩は、地下鉄サリン事件を引き起こしたカルト団体の責任者として、被害者に、さかはらあつしに、謝罪するしかない。しかし、それはどこまでも社会的な立場、割り振られた役割としての責務であるにすぎない。それが虚しいと観じたからこその出家であるかぎり、それで荒木浩の心を動かすことは不可能だ。
 荒木浩は事件の後、一時期体調を崩して、実家で療養していたことがあるそうだ。さかはらあつしは「結局、出家といっても、最後は家族を頼りにするじゃないか。そういう人に資格があるのか?。」といった。この言葉はおそらくさかはらあつしが考えていたのと違う反応を荒木浩にもたらしたように見えた。「家族が大事だな」というふうに荒木浩の心が傾くと考えたのではないか。しかし、荒木浩はむしろ、そのころの自分の行動を愧じたように口を鎖ざしてしまった。
 荒木浩の両親は高槻に住んでいるそうだから、映画の冒頭で列車で訪ねてた山陰線の駅は、荒木浩が子供の頃すごしていた思い出の駅だったようだ。それを見ながら泣いていた。丹波の黒豆を食べながら「豆の味の中に残ってますね」と荒木浩自身、恩愛を断ち切れていないことを認めているが、それは出家の感慨に違いない。
 以前に、林羅山の書いた、大燈国師が出家したときの伝説を紹介した。
「妙超(大燈国師)弱齢にして法を顕密の家に問ふて心に快からず、すなはち元に入りて法を求めんと欲し、つひに博多に赴く。」在家の修行に限界を感じた大燈国師は、博多でたまたま元から帰国した僧に出会い出家を決意する。「ときに超妻子あり、恩愛の欲を絶たんがために妻をして酒を買はしめ、ひとり戸を鎖してその二歳の児を殺し、これを串にして炙る。妻還りてこれを見て怪しむに及んで、すははち炙れる児をくらって以て飲む、妻熟視して大いに叫喚して出づ。超もまた出づ。これすなはち紫野の大燈国師なり。」
 この伝説が事実かどうかはともかく、出家が恩愛を断つことを意味するとは、この伝説を伝えた庶民にとっても常識だったってことはわかる。おそらく儒教が徳川によって事実上国教化される以前は、親子関係が神聖化されてはいなかったろうと思われる。
 さかはらあつしは被害者の特権を行使して荒木浩に両親の家に泊まることを勧請する。荒木浩は迷った末これを受け入れるが、「今夜はご両親の家の布団で寝てくださいよ」というさかはらあつしに対して、持参した寝袋を無言で掲げる。
 先程書いたように、荒木浩にとっても恩愛は断ち切りがたい。しかし、近世以後のように、特に、明治以降のように、親子の情愛を絶対視するのは、それはそれでかなりいびつな価値観だと思う。それを突き詰めていくと、国民を天皇の赤子とする軍国主義国家へと突き進んでしまう。
 『大奥』のところで書いたように、明治維新がその思想として尊王攘夷という急進的なナショナリズムをしか持たなかったことは不幸だった。そのもたらした災禍はオウム真理教の比ではない。荒木浩のマインドコントロールがまだ解けていないと批判する一方で、いまだに靖国のマインドコントロールに囚われているものが政権の中央にいることに無関心なのは不気味としか言いようがない。
 アレフは信者の数を増やしているという。怪しむにたりない。未だに靖国に参拝する人より被害の膨大さを比べれば可愛いものだ。頑として靖国参拝を拒絶し続ける天皇家の態度がまっとうなのである。
 荒木浩は、実際の被害者であるさかはらあつしとその両親には謝罪した。というよりこの地獄めぐり自体が謝罪そのもののだと思う。しかし、マスコミに向かっては謝罪を拒否した。芸能人や企業がマスコミにする謝罪が体面上のものにすぎないことをおもえばこれは当然だろうと思う。そこで映画が終わっているのは残念に思った。マスコミの強制する謝罪に今の日本人は慣れすぎている。あの集団リンチに何か意味があると思っているなら、それこそマインドコントロールだと思う。
 しかし、思想的な対話がほとんど成立しない現代の日本にあってこの映画は奇跡的だった。この映画を成立させたさかはらあつし監督には惜しみない賞賛を贈りたい。

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『大奥』全19巻 読みました

 このGWは垂れ込めてすごすほかないので、ちょうど都合がよいってこともあり、よしながふみの『大奥』全19巻を一気読みしました。

 これ2010年、2012年に映画化されたときには、「大奥の男女逆転?」と、ちょっと面白い思いつきとは思ったが、これって昔、ジョン・トラボルタハリー・ベラフォンテが出演した、黒人と白人の逆転映画『ジャンクション』みたいなことなんだろうと多寡を括っていた。あの映画は今調べるとデズモンド・ナカノという日系三世が監督している。あんなことでも白人や黒人では撮れないんだと、改めて人種対立の深刻さを思い知らされる。が、それはまた別の話で、そういう思いつきって「出オチ」ですよね。設定のインパクトをその後の展開で超えられないと思いません?。なので、『大奥』って映画もそんなことなんだろうなと尻目に殺して通り過ぎていた。まさか、その原作がこんなに史実に忠実(?!)とは知らなかった。
 白人と黒人の立場の逆転は、奴隷貿易の事実があるので、現実にはありえないファンタジーにすぎない。言い換えれば、『ガリバー旅行記』のような風刺にすぎない。読者は作者と皮肉を共有しつつパロディとしてこれを読むしかない。ところが、よしながふみの『大奥』は、それとは違った。大奥の男女逆転は、ぎりぎり史実としてありうる。史実でありうるかぎりただの風刺の態度に読者を安住させない。
 小説で言えば、辻原登の『花は桜木』、とか万城目学の『とっぴんぱらりの風太郎』の読後感に比べるべきなのかもしれない。漫画で言えば山田芳裕の『へうげもの』とか。
 コロナ禍が猛威を振るう時代を生きている読者には、「赤面疱瘡」という流行病が男子の人口を激減させたという設定は、あまりにもタイムリーで、荒唐無稽と批判できる読者はいないはずだ。
 十一代将軍家斉が子沢山だったのは有名だし、その子らの半数がまともに育たなかったことも同じように有名だが、その説明は、むしろ、定説よりこの漫画の方が腑に落ちる。
 そうなるともう阿部正弘が男か女かなんて気にならなくなって、この人がもう少し長生きしてくれてたらとか思ってしまう。明治政府の政策はほとんど阿部正弘の政策のパクリだと出口治明が書いてましたね。
 明治維新って、財政政策に失敗した江戸幕府から、貿易で力をつけた西国雄藩が外圧を利用して権力を奪ったという現実的な一面と尊皇思想というナショナリズムの一面があったが、尊皇の方はあやふやなもんで、徳川幕府の思想が尊皇でなかったわけでもない。尊皇はそもそも倒幕の裏付けにそれが必要だったにすぎなかった。
 今振り返ると、この現実と思想の乖離が日本の民主主義の妨げになった気がする。英仏の革命と明治維新の超えられない大きな差がそこにある気がする。

natalie.mu

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親を憎むきっかけの話

 YouTubeで「にけつ!」を観てたら、千原ジュニアさんのお子さんが熱性痙攣を起こして病院に駆け込んだ話をしていた。
 それでは注射をしますって段になると、お父さんお母さんは外に出てくださいって、病室から締め出されるそうだ。あとで聞くと、これは、もの心つかないお子さんに注射をする場合、両親がそばにいると、見知らぬ大人に押さえつけられてめちゃくちゃ怖くて、痛くて、必死で助けを求めてるのに、両親は何もしてくれなかった、助けてくれなかったっていう記憶がトラウマに残るからだそうだ。なので、子供に注射をするときには、両親を病室から遠ざけるのが今のやり方だそうだ。
 それで、はたと思い出したことがある。私個人のいちばん古い記憶は、何かの予防接種みたいな、たぶん注射を受けにいく時の記憶。しかし、注射そのものではなくて、父方の祖母に突き飛ばされている記憶。ひどい雨降りの中、水溜りに突き飛ばされている。泣いて許しを乞うているが、何度取り縋ってもその度に突き飛ばされて、そのたびに火がついたように泣いている。
 父方の祖母なので遠慮があり、母は私を助けてくれなかった。母を憎んだ憶えはないが、あの体験がわたしの世界を認識するベースになったんだろうと思い当たった。苦笑いするしかないが、私のひねくれた性格はあの時に出来上がったのだろう。せめて祖母を憎み続けてそれを忘れなければよかった。そうはならず、それは私の原体験になっちゃった。現実感があるのは、泣いている自分、突き飛ばされている自分、泥水で汚れて惨めな自分、それだけで、誰かを憎もうというほどの物心さえついていなかった。
 ときどき、おりにふれ、というか、ずっと、穴が空いた砂袋みたいな気分になる。体が動かなくなる。
 いまさらそんな言い訳を見つけてみても何にもならないが、ホントにせめて祖母を憎めたらよかった。ときどき、幼児退行めいた怒りの発作が起こるだけとはな。

中澤弘光

 東京国立近代美術館の常設展に中澤弘光の小さな特集があった。
 以前、横浜そごう美術館で回顧展を観たとき、いたく感動した《花下月影》があった。東京国立近代美術館は基本的に撮影が許可されているので、喜んで撮ったけれども、写真で再現が難しい。

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中澤弘光《花下月影》

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 こういうただただ耽美的な絵が描かれた、そのわずか20年後に国が壊滅してしまうのだからおそろしい。日本人は第二次世界大戦についての反省が足らない、みたいなことを聞くことがあるけど、反省より何より、軍部に対する憎しみが足らないのに驚いてしまう。この絵を見るといつもそっちの方に頭が動いてしまう。
 ところで、あやしい絵展に展示されていた

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青木繁《大穴牟知命》1907

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は、「なんで撮影不可なんだろう?。この前はよかったのに」と思ったら、この絵はこないだアーティゾン美術館で観たんだった。アーティゾン美術館では撮影可だったのだけれども、東京国立近代美術館では撮らないでってことらしい。どっちも元は石橋正二郎のコレクションですけどね。
「『古事記』の一場面です。大穴牟知命大国主命の別名。大穴牟知は兄たちに謀られて焼け死に、それを悲しんだ母の願いを聞き入れた神産巣日神が蚶貝比売と蛤貝比売を遣わします。蚶貝比売が貝殻を削った粉に、蛤貝比売が乳汁を混ぜ合わせ、それを大穴牟知の体に塗りつけると蘇生しました。彼はその後数々の苦難を乗り越えて地上の支配者となります。手前に横たわる裸身の大穴牟知、左に蚶貝比売、右が乳房をつかむ蛤貝比売です。蛤貝比売がこちらを見つめる眼差しが、神話の世界と私たちをつなぐ強い絆になっています。」
というのがアーティゾン美術館の説明
 でも、蛤貝比売がカメラ目線なのはおかしいよね。肖像画ならモデルが画家を見るのは当然だけど、この絵では画家は絵の世界に存在しない「てい」なはず。つまり、この絵は、これは古事記のコスプレ(古い言葉で言えば「お見立て」)ですよってことを隠すつもりもない。
 東京国立近代美術館には原田直次郎が油彩で龍に乗る観音菩薩を描いた《騎龍観音》がある。

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原田直次郎《騎龍観音》

 観音のモデルにしちゃ不細工だなって感想しか持てません。「龍をリアルに描きました」って、それ自体矛盾してますから。これと雪村の《呂洞賓図》と比べてみ。

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雪村《呂洞賓図》

 問題は、龍や観音を油彩で描くことではなく、龍や観音が死んでいることだ。牛の頭に鹿の角・・・などとパーツを寄せ集めても龍にならない。人間が目だけ半眼をまねても観音にならない。
 横山大観の《無我》についても、あれの何が「無我」なの?。明治のキッチュがここに現れていると思う。自分たちの文化的背景を完全に見失っている。たぶん、当時の人たち(すべてではないにしても)にとって、雪村の龍より原田直次郎の龍の方がよく見えたのだろう。
 甲斐庄楠音の女たちは生きている。色街の女たちを近代の目で(つまり自分たちの目で)捉え直している。これは西洋絵画との出会いを経た後の正常な、しかも奇跡的な進化だったと思う。それに比べれば土田麦僊の絵なんてぬりえだ。
 中澤弘光にこんな絵があった。

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中澤弘光《おもいで》

 これが仏教的かといえばそんなことはない。ただ、このひとなりの何らかの感情が表現されている。ひらがなの「おもいで」であって漢字の「無我」ではない。ここにホントとウソの違いがある。
 小林古径の《清姫 日高川》も展示されていた。

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小林古径清姫 日高川

 小林古径は、中国の線描の仏画を模写する経験を経て朦朧体を捨てた。そもそも仏画自体が仏教に本質的なのかといえば違うと思う。しかしそこには表現としての真実はある。
 ドイツ留学を経て油彩で龍を描こうという原田直次郎には山っけしかない。といえば酷すぎるか。とにかく、西洋絵画との出会いの後、日本の画家がまた日本を描けるようになるまで悪戦苦闘したってことは確かにわかる。