むかしの味

むかしの味 (新潮文庫)

むかしの味 (新潮文庫)

九月ももう終わり。秋めいて当然だが、ここ何年か、少なくとも私が関東に来てからは、長引く夏がつづいたので、マスコミも街も秋の備えができていない。どうせそのうち暑くなるんだろうと思っているうちに、いつのまにか秋だったみたいな。思い返してみると、今年は盆明けくらいから少し涼しかった。
池波正太郎の「むかしの味」というエッセーを読んだ。さいきん、「私の食物誌」「至福の味」と、食い物の本ばかり読んでいる。これも秋の訪れとなにか関係があるのだろうか。
池波正太郎という人の経歴は面白い。10代のころに株屋勤めからキャリアをスタートさせている。それから後の人気作家になるまで、仕事に対する感覚に断絶がない。この本にも株屋のころの悪友が実名で登場するが、今は行方知らずになってしまっているそうなのだ。
更に言えばもっと少年の頃まで遡っても池波正太郎池波正太郎のまま。屋台のおっさんにアイデアを提供して、それがそのままメニュになった。そのメニュー「鳥の巣焼」が口絵写真に再現されていた。出版社で実際に作って見せたそうで、そのときの写真もある。その屋台のおっさんは近所で評判の、いまでいうイケメンであったが、やくざの女に手を出して、どうもまずいことになった。
以前、池澤夏樹が「池波正太郎の『[ ]』が気になる」と言っていたと憶えているのだけれど、確かに、ふつうなら「」を使うだろうところがなぜか[]だ。
私はもちろんながら別段気にもならないが、池波正太郎は株屋の帳簿をつけるときも、小説を書くときも同じ調子だったのではないだろうかと、ふとそんな気がした。