アイアンマンの続編

二週連続で休日出勤してしまったし、今週末も仕事。長谷川等伯を見逃してしまった。
「インヴィクタス」も見逃しそう。
平日のレイトショーとか狙うべきなのかも。
週刊SPA!に鴻上尚史が「ハートロッカー」のレビューを書いているけど、ラストの、あの、リアル‘アイアンマン’ともいうべき主人公の後姿を見逃していると思う。
戦争を、大義とか平和とかの視点ではなく、男たちの願望という視点から描いたことが、あの映画の怖いところだった。
ところで、「アイアンマン」は2が公開されるらしい。1のラストで
「そうです。わたしがアイアンマンです。」
と、告白してしまったロバート・ダウニーJr。
続編つくる気がないのかよと思っていたのだ。というのも、スーパーマンバットマン仮面ライダーウルトラマンタイガーマスクはいうに及ばず、遠山の金さんから水戸黄門まで正義の味方の正体は、ばれないことになっている。とくに、スーパーマンに関しては、あれでよくばれないなと思うのだけれど、なぜかばれないのだ。
考えてみれば、正義の味方の正体がわからないのは、世の中の秩序が保たれている仕組みについては、知らないふりをしておくという庶民の知恵なのかもしれない。
怪獣がなぜ暴れているのか分からないし、ウルトラマンが誰かも分からない。でも、とりあえずウルトラマンを正義ということにしておく。その方法的無知とでもいうべきものが、すべからく秩序というものの大前提なのかもしれない。