ことしは酒井抱一生誕250年ということもあり、出光美術館でも、大きめの琳派の展覧会が開かれている。
会期は、来月の21日までなのだけれど、途中で展示替えがあり、土曜日、その第一部の最終週にすべり込んだ。風邪で見逃すところだった。
詳しいことは知らないけれど、光琳の風神雷神図屏風の裏に、抱一がトリビュートとして描いた夏秋草図屏風、私にとっては、あの屏風の裏表が、京都と江戸の琳派の境目になっている。金地のグラマラスでダイナミックな風神雷神図に対して、銀地に瀟洒で繊細な夏秋草図。
抱一も、光琳の風神雷神図を模写しているのだけれど、どうだろうか、抱一に関しては、夏秋草図の方がはるかにいいと思うのは、私だけではないと思う。
良くも悪くも、あの小ささ、身近さ、目の低さが、江戸琳派だし、もっというと、江戸の文化だなと思ってしまう。
風神雷神図は、俵屋宗達のオリジナルが圧倒的によい。尾形光琳の紅白梅図屏風は、抱一の夏秋草図のように、俵屋宗達の風神雷神図に対するトリビュートだったろうと言われている。
風神雷神、紅白梅、夏秋草と描いている対象はまったく違うのに、それぞれが有無をも言わせぬ傑作で、同じ構図の解釈のちがう変奏曲になっている。岡本太郎は、パリのショーウインドウで、光琳の紅白梅図屏風を見て、初めて日本画で感動したと書いていた。
宗達から続くこの琳派の流れは、伝統を引き継ぐ、一つの理想を示していると思う。
第一部の展示は、グラマラスな宗達と、洗練された光琳の金屏風の世界。
なかでも、伝 俵屋宗達 伊年印と呼ばれる作者未詳の<月に秋草図屏風>がすばらしかった。
以前にも、宗達の同じ画題の屏風を見たことがあるが、それは少し経年劣化がひどすぎると感じた。今回のものも右隻に浮かぶ半月は、銀灼けですでに黒ずんでしまっているのは同じなのだけれど、ほとんど消えかかっていながら、かすかに白く残っている大ぶりなすすきの穂と、後年補筆されたらしく、緑の色がまだ鮮やかな、萩や桔梗の葉の、画面全体に刻むリズムが美しい。
金箔に半ば融け入りそうなすすきの穂は、月明かりよりも、名残の夕日のなかに揺れているようで、それは、昼と夜の世界を一枚の絵のなかに同居させた、ルネ・マグリットの<光の帝国>を思わせる。そして、萩とすすきは、まるで、ラウル・デュフィやパウル・クレーのように、軽やかな音色を奏でている。
すすきの穂の先には、緑色のつぼみまで描き込まれていて、その具象と意匠の絶妙なバランスは、たしかに、後の尾形光琳の燕子花図に、道を示しただろうと思う。
同じく 伝 俵屋宗達の<扇面散図屏風>のゴージャスさにもため息をついた。これが、舞扇なのかどうかわからないが、画題からも、これを描いた画家の意中には音楽があったと思えてならない。
本阿弥光悦が書を、俵屋宗達が下絵を描いた古今集などの和歌絵巻が、音楽を意識していたのはむしろ当然と思える。
近世以降、日本の絵画はこうした音楽性は失っていくように思う。
伝 光琳の<紅白梅図屏風>(さっき言及したものとは違う)もすばらしかった。
これは、六曲一双の左隻だけだが、展覧会のサイトにあるので紹介させていただきたい。
宗達の風神雷神図屏風もそうだが、この屏風にも画家のサイン一つ記されていない。かつての名画のなかには、作家の欄に「anonymous」とか、「artist unknown」としか書かれていないものが意外なほど多い。さきほどの<月に秋草図屏風>もそうだ。おそらく、あれ一作だけで、歴史に永遠に名を残したはずだと思うと、何か背筋がすっと寒くなる。
歴史が浪費してきた人の情熱の、圧倒的な質量がからだの熱を奪う。
紅白梅図屏風の前に立ちながら、先日読んだ村上隆の『芸術闘争論』に、とりとめもなく、思いを馳せていた。
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画家たちが闇の中からすくい上げてきた、こうした輝く画面が、たしかに築き上げてきたものを目の前にして、わたしはやはり、それには、畏敬の念を抱かずにはおられない。
午後から、畠山美術館を訪ねた。ここでも、冬季展として、酒井抱一の展覧会が開かれている。白金台にあるのだけれど、ほんとにわかりにくい。苦労したので、今は、道順を憶えているが、たぶん、次行くときにはもう忘れていると思う。
会期は、3月21日までなのだけれど、こちらも展示替えがあるらしい。これは気がついていなかった。二月十九日以降にまた行かなきゃならないな。
鈴木其一の<向日葵図>が見たい。田中優子が言及していて、そんなものかしらむと思ったので。
よく考えると、鈴木其一をまとまって見たことってない。後になればなるほど小さくなると思い込んでいるのはよくないだろうと思って、出光美術館のこんどの第二部でも、鈴木其一の特集があるようなので楽しみにしている。