「監督失格」

knockeye2011-10-01

 映画が千円というだけで暗がりに引きこもるには、惜しい秋晴れの一日だったが、海老名にしてはちょっとめずらしい映画がかかっていたので、日向薬師彼岸花は一日順延した。
 イントロダクションの箇条書きによると、映画「監督失格 監督失格」は、

 林由美香は、男たちにはとても有名だけれど、女性は名前も顔も知らないといったアイドルの一人だった。たとえば、立原友香とか、冴島奈緒とかみたいに。
 監督の平野勝之についてはあまり知らないけれど、林由美香が26歳のとき、当時、不倫関係にあった平野とふたり、東京を出発して礼文島まで、自転車で走破する旅に出る。
 へんてこな話。不倫関係のAV監督とAV女優が、自転車で北海道へ。ちょっとジョン・アーヴィングでも思いつかなさそうな話。
 主題歌「しあわせなバカタレ」を歌って、映画音楽も担当している矢野顕子は、
「マネージャーからとにかく観てから決めてくださいっと強ーく言われましたもので、そんなに言うなら・・・と見始めて、前半の、いかにも若いカップルのどうしようもなさにあきれつつ(笑)、でも由美香、おまえひどいやつだが可愛いぞっと惚れつつ。
 しかし後半からは皆様と同じように怒濤の中にまきこまれていったわけです。・・・」
 この映像の公開を許可した、お母さんの心意気が、何よりもまずみあげたもんだと思う。それは、北海道の旅の途上で、‘なんでケンカのときカメラを回さないんだ’と監督を責める林由美香と似ている。この親子はふたりともウソをつかないのだ。
 林由美香にそう言われて平野は、礼文島を去る船の上で、ケンカの間もカメラを回し続ける。このケンカの後、船の欄干にもたれている由美香の背中がひどくせつない。自分について、男について、どんな思いが去来しているのか、とてもわかる気がした。
 子どものころ心に受けた傷は癒しがたいとよくいうが、そもそもそれを‘傷’と呼ぶこと自体、ひどく不遜なことじゃないんだろうか。傷と言うなら、陶器の景色にたとえてもいいじゃないかと思う。フツーという幻想が人をさいなむ。フツーからこぼれ落ちることを何よりも懼れて、フツーじゃない人たちをつるし上げ、そうして結局、自分たちを疎外していく。
 ところで、礼文島に行ったことのある人は知っているだろうけど、礼文YHのあのお見送り。あれが映っていた。林由美香が船の欄干にもたれて見ていたのはあれだ。私みたいにどこに行くのも常にひとりの旅人にとっては奇妙なものだった。あれは、届かないもどかしさを照れてるのかな?
 平野さんというこの監督は、どちらかといえばあのYHの側にいる人だと思った。この映画自体が、林由美香へのお見送りなのだ。調子っぱずれの歌に似て、たしかに「監督失格だね」と、また由美香が言うのかもしれなかった。