稲垣足穂、中国「愛国攘夷」の病理

R246に、かつやと吉野家を発見した。これで「食」のライフラインは復旧した。ついでにビデオ屋も発見した。それで今日はパソコンをつないだ。エロビデオを見んがため。テレビは捨ててきてしまって、しばらく買うつもりがない。
エロのために労を惜しまないのは私だけではないはずだ。松本人志は、地方でどうしてもエロビデオかみたくなり、テレビデオを買ってホテルの部屋まで運んだという話し。手荷物に見えるように大きなバッグにいれて、肩に担いでフロントの目をぬすんだ。そこまでするなら女を買った方が早いようなものだが、そういうことじゃないのだ。スケベはしょうかないものである。
そういうわけで、ひょんなことからパソコンは開封したけれど、まだオフライン。土曜日にケーブルテレビが工事に来る。魚津でもケーブルテレビだった。こちらでは東京電力の光ケーブルにするつもりだったが、アパートはお断わりだそうだ。ADSLは信用していない。つないでみないと速いかどうか分からないでは困るし、所詮、電話回線、うっかり変なexe.ファイルを踏んで見知らぬ国に飛ばされるのもイヤだ。プロバイダーを別に探すのもめんどくさい。
ケーブルテレビのサービスエリアで助かった。ちきんさんの話では、三重県がケーブルテレビ王国なのは、工業地帯で電波状況が悪いせいだそうだ。ということは、ここは厚木基地を離着陸する軍用機のおかげでケーブルテレビがあるのだろうか?VHFだけで11チャンネルもある地域で、ケーブルテレビの需要があるとは思わないのだけれど。それとも単に多様化しているだけか?
まだ、本の段ボールを開けていないので、読みかけの本がどこにあるのか分からなくなってしまった。代わりに途中で放り出してしまっていた本が、荷物からあぶれて、なぜか手元にある。稲垣足穂の『弥勒』。私には何のことやらわからない。短編集なので分かりそうなのを拾い読みした。「横寺日記」というのが楽しめた。赤瀬川源平いらいの天体観測小説である。ホントにそういうジャンルがあったのかもしれない。赤瀬川源平の創作だと思った。
慌ただしいときには、短編集もひとつの手だと思って、アンソロジーを買ってきた。その中にも稲垣足穂があった。「澄江堂河童談義」という芥川龍之介の回想なのだが、頭とオシリは芥川だが、あいだは肛門話なのだ。芥川にもその気がなかったこともないのだろうが、困ったもんだ。
もう一冊、小林信彦さんの本と一緒に買った『中国「愛国攘夷」の病理』という本を読んだ。
中国「愛国攘夷」の病理―吹き荒れる電脳ナショナリズム (小学館文庫)
反日デモの余韻はまだ当分おさまりそうにないが、この本は、2002年、今から3年前、中国人によって書かれている。炯眼に敬意を表する意味もこめて買っておいた。あとがきに
「しかし幸い、現在の中国では、私のような外国暮らしの者だけでなく、国内においてもこの問題の深刻さに気が付き、冷静さと平常心を取り戻そうとする良識派たちが増えている。」とあるが、事実はそうでなかった。しかし、中国にもまとものがいるかもしれないとわかったことと、今回の反日暴動の背景と中国人の本音を知ることができてよかった。簡単にいえば、皆さんが想像しているとおりのことが、想像をはるかに超えた内容で起こっているということだ。