三十石

knockeye2008-10-08

「三十石は夢の通い路でございます」
昔、テレビで聴いた枝雀のさげが、記憶の底からにじみ出てきた。
今日は雀三郎と昇太のふたり会なので、有給休暇を消化するつもりにしていた。しかし、状況が許さないのと、幸か不幸か状況判断がちゃんとできるのとで、休まなかった。仕事は、今のところ毎日が綱渡りである。
それに、横浜にぎわい座桜木町なので、定時であがって駆けつければ、18:30の開場にはじゅうぶん間に合う。ついでに寝坊して、映画見て、美術館によって、というもくろみは潰えたが、仕事上がりに落語が聴けるというのも、またおつではないか。
好きな噺家はなるべく聴いておこうという気になっているのは、いうまでもなく吉朝の一件がショックだったから。聴く機会はいくらもあったのにと残念でならない。
雀三郎「神頼み〜恋愛編」
昇太「ろくろ首」
雀三郎「三十石」
昇太「お神酒徳利」
と二席ずつ。
「ろくろ首」の枕で
「いつも同年代の噺家と話すことは、雀三郎兄さんはどのくらい先輩なのかよくわからない。(ここで観客の笑い。「神頼み〜恋愛編」を聞いた後だから、ここは沸いた。)枝雀師匠の二番弟子なんだからほんとは兄さん(上方では「にいさん」というが、江戸では「あにさん」というそうだ)でなくて師匠と呼ばなくちゃいけないのかなとか思うんですが、どうもそういうかんじがしない」
と、もちろんポジティブなニュアンスで言っていたが、そういう昇太だってそう若くはない。
ふたりとも若く見えるし、しかも、実力派でうまい。この会も回を重ねているらしいが、一緒にやっていて楽しいのではないかと素人勘繰りしてしまう。
雀三郎の一席目は、笑いどころ満載の新作で、噺としてもよくできている。そして、二席目が古典らしい古典の「三十石」だった。この噺は、「とにかく笑わせろ」という類の客には向かない。特に、船に乗り込んでからは、ほんとうに夜船の揺れに身を任せるような気分で、うつつながらに眠りの世界に誘われるようなそんな噺だ。聴き終わってぼんやり天井の照明を見上げている記憶の底から、枝雀のさげが浮かび上がってきたのだ。「三十石は夢の通い路」。

雀三郎が一席目に笑いの多い新作を選んだのは、二席目にこの噺をやりたかったからではないのかとそんな気がした。
東西の垣根が低くなったとはいえ、どう考えてもここはアウェーなのに、京都の伏見から大阪の枚方まで淀川を船で下るこの噺を選んだのは、客よりも昇太を意識してのことではないかと思うのだ。
おかげで帰りは遅くなったが、二人のがっぷり四つに組んだ会を堪能した。雀三郎は「まだまだ師匠なんて呼ばれちゃたまらない」と思っているのかもしれない。
春風亭昇太は初めて聴いたが、うまいと思った。噺家としてはまだまだ若いし、それに実年齢よりかなり若く見えるのも玉に瑕、なのかな。多分タメだという気がしているのだけれど。

ふたりとも枕で自分の学生時代の話に及んだ。雀三郎は龍谷大学学生運動の激しかったころの話をした。昇太は小田急の「東海大学前」がまだ「大根」という名前だったころの話。べたなことを言うようだけれど、来し方を思えばほんとに夢のようだ。落語を聴きに来るということは、そういう気分に浸りに来るということであってもよい気がする。
雀三郎の噺の中に「痴楽つづり方教室」がでてきて噴出してしまった。もちろんわたしもこれはリアルタイムでは知らない。いくつだと思ってんのよ。しかし、懐古的な気分になっていたということだろう。通ぶって最後列の席を買っていたが、それも悪くない。椅子席に深くからだを沈めてゆったりとした気分だった。