三好達治の詩を 一編

艸千里浜

われかつてこの国を旅せしことあり
あけがたのこの山上に われかつて立ちしことあり
肥の国の大阿蘇の山
裾野には青艸しげり
尾上には煙なびかふ 山の姿は
そのかみの日にもかはらず
たまきなすそとがきやまは
けふもかも思ひ出の藍にかげろふ
うつつなき眺めなるかな
しかはあれ
若き日のわれののぞみと
はたとせの月日と 友と
われをおきていづちゆきけむ
そのかみの思はれ人と
ゆく春のこの曇り日や
われひとりよはひかたむき
はるばると旅をまた来つ
杖により四方をし眺む
肥の国の大阿蘇の山
駒あそぶたかはらの牧
名もかなし艸千里浜