ジョルジュ・ビゴー展 碧眼の浮世絵師が斬る明治

上の展覧会と同時開催されている。
ビゴーの絵をまとめて見ていて、私はなんとなくドーミエのことを思い出した。
来日する以前のビゴーはようやく頭角を現し始めていた若き挿絵画家だった。しかし、彼の画業を振り返ってみると、やはり、明治の日本を世界に紹介した風刺画家としての印象が一番強い。
19世紀、世界でもっとも文化的だったパリからやってきた彼の批判精神が明治の日本へと発揮されたのはむしろ当然だったと思う。
しかし、風刺が目立ちすぎると不思議に絵は面白くない。
もっと写真が普及していれば、彼の絵の大部分は写真に取って代わられるものだったかもしれない。
サイドストーリーとして、当時、言論の弾圧を逃れるために、中江兆民などが、ビゴーの発行する新聞を通じて、政府の批判をしていたらしいというあたりは、もちろん秘密裏に行なわれていたことだろうから、発掘は難しいかもしれないものの、ビゴーは日本史の裏側にかなり食い込んでいただろうと思われる。
ちなみにビゴーが来日するきっかけを作ったのも、メーチニコフのときと同じく大山巌だそうだ。