順番が後先になってしまったが、朝一に訪ねたのは、山種美術館のボストン美術館浮世絵コレクションだ。恵比寿の駅には、ほぼ10:00AMジャストくらいに着いて、それから少し歩いたとはいえ、もうかなりの客足だった。
鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽の三人をメインの展示。
なかでも、私にとって白眉は、やはり、歌麿で、歌麿の描いたこれらの着物の女性たちは、モディリアーニの裸婦よりセクシーじゃないかと、すなおに思うようになった。この美女たちが19世紀のヨーロッパを魅了したのはむしろ当然だと思う。
今回の展示では<風俗三段娘 下品(げぼん)の図>の、今まさに帯を解こうとして、少し肩をかしいでいる仕草など、凡百の画家が及ぶところではない。
<四季遊花之色香>三人の男女が船遊びに興ずる絵だが、田中優子が指摘しているとおり、歌麿の、布地に対する偏愛がはっきりと感じられる。何より、今見てもファッションとしてかっこよく、あのままヴォーグのグラビアに使える。
画面を構成する力量という点では、三枚続きの
<大名屋敷の山東京伝>
が圧巻だった。
今回の展示では、鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽を、三大浮世絵師と呼んでいるが、たぶん、普通はそうはいわないと思う。北斎、歌麿、広重、とかになるんじゃないだろうか。この五人に鈴木春信を加えて、六大浮世絵師と命名したのは、イサム・ノグチの父親の野口米次郎だったかもしれない。大正8年にそういう本を出版している。
そんな番付や格付けにたいした意味はないんだと思うけれど、美人画の分野では、鳥居清長と鈴木春信が歌麿の出現に果たした役割は大きいのだなと思った。
清長の工夫だという「出語り図(舞台の役者だけでなく、背後の地謡方も同じ画面に描く)」を見て、リアルな臨場感がいいなぁと感じた。こういう資質は鈴木春信にはないと思う。鈴木春信もリアルなのだけれど、夢の中みたいなリアルさなのだ。
もうひとつ、畠山記念館に抱一の展示替えを見にいった。
季節柄、抱一の<立雛図>があり、添えられた歌は
「けふさらに よそふひいなの とのつくり あそふおとめの やよい待ちえて」