今日はどうせ日本中が「風立ちぬ」の話題で持ちきりだろう。
これほどのクォリティーで圧倒されると、もうこれについて何かを言おうという気持ちすらなくなる。後は安心して個人的な思いにふける。
折口信夫が
菜穂子の後 なほ大作のありけりと そらごとにだに 我に聞かせよ
と歌った、「菜穂子」をはじめ、文庫になっている堀辰雄の作品はほとんど読んでいるはずだが、思い出してみようとしても、何も覚えていなくて驚いた。ただ、わたしは御代田という軽井沢の隣町に住んでいたことがあるので、あのあたりの土地の印象が、この人の名前とともに浮かんでくる。間近に仰ぎみる浅間山の稜線や、信州の明るい冬の朝などである。
井伏鱒二が堀辰雄について書いている印象的な文章があって、あるとき、仲間たちと物見遊山の列車旅をしているとき、つれづれにさしていた将棋の駒がひとつなくなった。ちょっと途方に暮れていると、かたわらで本を読んでいた堀辰雄が、「ズボンの折り返しの中を探してみるといい。フランスの小説に、そこからチェスの駒がみつかるシーンがあるよ」というので探ってみると、はたしてそこから見つかったのだそうだ。この話と軽井沢が、わたしにとっての堀辰雄らしさになっている。
宮崎駿が、堀辰雄と、零戦設計者の堀越二郎を結びつけて主人公にしたと聞いて、すごいなと思ったのは、関東大震災と世界恐慌のあおりをうけて、戦争へと突き進んでいく直前の日本は、危ういバランスの上ではあったが、昭和モダニズムといっていい独特の文化を花咲かせかけていたらしいのは、吉田健一の『東京の昔』であったり、アッバス・キアロスタミが映画に使った、矢崎千代二の絵であったり、重森三玲の庭であったり、あちこちにその痕跡を残している。
零戦という飛行機は、一方で神風特攻隊のおぞましい記憶と結びつつ、もう一方では、そうした昭和初期の日本が達成したモダニズムの精華でもある。それは、絵の方では、レオナール・フジタだけでなく、戦後、物忌みのように捨て去られた戦争画のかずかずについてもいえる。
それは、あるいは、戦争そのものについてすら言えることなのかもしれない危うさを含んでいる。
そうした歴史の二面性は、堀越二郎を伝記的な正確さで描くよりも、堀辰雄というどこか日本人離れした作家とあわせて、主人公を造形することで、力強い説得力を生んでいる。そこでもう物語が動き始めている。
さらにすごいのは、荒井由美の「ひこうき雲」を主題歌にし、エヴァンゲリオンの庵野秀明を主人公の声優に抜擢したこと。堀辰雄、堀越二郎の1940年代と、荒井由美の1970年代、庵野秀明の1990年代と、日本独特のクリエイターで時代をつないでいる。このことがみごとな化学反応を生んでいる。庵野秀明がああいう繊細な声をしているとは知らなかったし、たぶん、多くの人もそうだろう。岡田斗司夫が予告編を見て「棒読みだ!」と頭を抱えたらしいが、それは身内だからだろう。(ちなみに今週の週刊文春、阿川佐和子のインタビュイーが庵野秀明。けっこうノッテル感じでした。)
絵のクォリティーはますます磨きがかかっていると思う。映画は写真なのか、絵なのかと考えて、もし絵だと考えてみたとき、このジブリのクォリティーに肩を並べられる映画はそう多くないと思う。村上隆の本を読み終えたばかりだが、たぶん映画としてだけでなく、絵画芸術全般を見渡してみても、ジブリ作品は、現代芸術の作品などはるかに凌駕している。今、このクォリティーの絵を描ける画家は世界中にひとりもいないと思う。
風立ちぬ いざ生きめやも
風が吹いて、生きたいと思った、その切実さを、このクォリティーで結実できる作家がそういるだろうか。まさに
「風立ちぬ」の後 なほ大作のありけりと そらごとにだに 我に聞かせよ