『菊とギロチン』

 ついこないだ『パンク侍、斬られて候』を、今年いちばんの映画と書いたばかりなので、われながらさすがに節操ない感じだが、瀬々敬久監督の『菊とギロチン』は、そのさらに上をいってると思う。
 女相撲の興行が1960年代くらいまで存続していたなんてことを初めて知ったが、そんな女相撲の団体と、大杉栄につながる戦前のアナーキスト団体とをリンクさせたその発想がまず素晴らしい。
 つい最近も、女を土俵に上げるについて一悶着あったばかりだが、実際にはつい近年まで、女相撲がスポーツ興行として成立していたわけだった。
 それで思い出したけど、田嶋雅巳の写真集『炭鉱美人』にあるように、初期の頃の炭鉱は、女性も坑夫としてフツーに働いていたのに、いつのまにか男性だけの職場になると、女が炭鉱に入ると「穢れる」みたいなウソの伝統が出来上がる。穢れは迷信ではなく疎外なのだ。それまでつい隣にいた人が穢れて見えるのは怖ろしいと思う。
 ギロチン社というアナーキスト集団は実際に存在した。しかし、ほぼ口先だけの連中として描かれている。口先三寸だが憎めない、いい加減な革命家を東出昌大が小気味好く演じている。『パンク侍・・・』にも出ていた、たぶん「花のある」という表現がピッタリくる役者さんなんだと思う。この人の演じる中濱鐡と、寛一郎の演じるギロチン社の一員・古田大次郎のバディ・ムービーという一面もある。ちょっとルパンと五右衛門を思い出させる。
 この古田大次郎がほのかな想いを寄せる女力士・花菊を木竜麻生、そして、中濱鐡となれ合う韓国から流れ着いた女力士・十勝川韓英恵が演じていて、この男女の仲がもうひとつのたて糸になっている。
 「天皇陛下万歳」というセリフを映画のセリフとしてどう処理できるかは面白い問題で、これをちゃんとできる監督はなかなかいない。クリント・イーストウッドが『硫黄島からの手紙』で見事に使いこなしているのを観て、やっぱりさすがだと思った。日本人の監督で、これができる人はいないのかなと思っていたが、今回の瀬々敬久監督は、それをはるかに凌駕する複雑な使い方をしていた。
 「天皇陛下万歳」という言葉は、これもまたウソの伝統のひとつで、「万歳」というのは、夏目漱石が随筆に書いているが、明治末ごろの庶民の流行語にすぎなくて、夏目漱石は苦手だと書いている。それが宮中の公式行事に入り込むのはいつからか知らないが、ホントの意味の伝統に即して言えばとんでもないことで、軍部の言葉を借りれば「不敬」でさえあるはずだ。しかし、彼らの妄想の中では、それが敬意の表現なのである。
 ウソがホントに、不敬が敬意に。日本の近代に起こった奇妙なねじれを、瀬々敬久監督の「天皇陛下万歳」は、見事に捉えていた。明治維新は、本来、「開国」であり、「文明開化」だったはずなのである。その象徴である天皇がなぜ狭量な国粋主義のアイコンにねじれてしまうのか。その辺の理不尽さが、あのシーンによく現れていた。
 ギロチン社が実在のアナーキスト団体であるので、テーマが政治的に見えるかもしれないし、実際のところ、そう見立てたい人もいるだろうが、それも含めて、人間が主題の中心に捉えられている、痛快な青春群像劇だ。
 中濱鐡が逮捕された後に、古田大次郎と倉地啓司(荒巻全紀)は、ついに爆弾の製作に成功する。そのときの2人のやりとりが最高に面白い。あれはさすがにアドリブなんじゃないか?。爆弾の実験に成功したってときに、何でそんななの?って思わぬではないが、でも、わかるなぁって思う。
 (ちなみに、『パンク侍、斬られて候』で、浅野忠信が一切しゃべらないのは、宮藤官九郎のシナリオでもなく、石井岳龍の演出でもなく、浅野忠信のアイデアだったそうだ!。)
 花菊が逃げ出してきたDV亭主を篠原篤が演じている。キネマ旬報ベストテンの新人男優賞を受賞した『恋人たち』とは打って変わって、なかなか堂々とした悪役(いじめっ子?)ぶりだった。
 中濱鐡は、いつもの軽口といった感じで、「摂政暗殺」を口にする。正力松太郎暗殺未遂も含めて、もし、それが成功していたとしても、それで世の中が変わったかどうか、案外何も変わらなかったのではないかとも思うが、いずれにせよ、現に、天皇を縛り首の一歩手前まで引きずっていったのは、「天皇陛下万歳」の輩だったのは皮肉である。その連中が靖国に祀られてるわけだから、そりゃ、天皇家靖国に参拝するはずがない。
 『パンク侍、斬られて候』にも出ていた渋川清彦が、女相撲一座の座長でおいしい役どころ。実にカッコよく、ある意味ではケレン味たっぷりに物語を締めくくるのだが、一座が興行の前に流して歩く相撲甚句とともに、こういうアウトローな存在が、いつの社会にも必要なのではないかと思わせる説得力がある。警察に好き放題させておくとロクなことにならないのは、歴史が証明するところ。
 ところで、昔、相撲甚句をジャングルに仕立てた「相撲ジャングル」って曲を聴いたことがあったと記憶しているが、検索しても記憶と合致したのが出てこない。細野晴臣だと思ってたけど定かでない。