至福の味

至福の味

至福の味

この作家のデビュー作にして、2000年度の最優秀料理小説賞(という賞がフランスにあるそうだ)受賞作。
作者は「一生教師なんてまっぴらだ」と思いながら書いたそうだ。それがなぜか高名な美食家の末期の回想であるのが面白い。
しかし、美食そのものはほとんど出てこない。新聞王が最期に、子供のころ遊んだ橇の名前をつぶやいたように、この美食家の追想は、もっと原初的な味覚体験へと遡る。
執筆時の状況を考えれば、それしか手がなかったわけだけれど、上手くまとめている。
オチを含めて、全体に人を食ったような感じがきらいじゃない。要約してしまえば、ただただエゴイスティックな人間がエゴイスティックな回想に耽っているだけのことだが、それが乾いた筆致でよく描かれている。
「いつまでも教師なんかやってられるか」という執筆動機も含めて、人生を笑い飛ばしたくなる乾いたコメディだ。
ただ、食べものへの洞察という点で見れば、吉田健一の文章には遠く及ばない。もちろん、この小説ではそれはテーマではないのだから当然だけれど、吉田健一の味わいに改めて感服してしまった。