
- 作者: 中島京子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2012/12/04
- メディア: 文庫
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まだ公開初日ではあるし、ひろがりのある話なので、偏りのないように書かなくてはいけなくて、まずは、「男はつらいよ」シリーズの山田洋次監督が、八十歳をすぎて、こういう艶っぽい作品を撮ったという驚きについて書かなくてはならないし、昭和モダンの時代と今を対比させた中島京子の原作のすばらしさについて書かなきゃならないし、そして、その小説の世界を映画的に表現した山田洋次脚本の見事さについて、それから、「男はつらいよ」の‘さくら’倍賞千恵子は、やっぱり‘受け’の芝居に回ったときには、ちょっと他の人には出せない味を出すことについて、それから、松たか子は今すごいんじゃないか?ということについて、書かなければならないが、それに加えて、見終わっても残されている謎について、じつは、原作を読めばわかるかと思って読んだのだけれど、原作でも謎のまま残っていて、しかも、映画と微妙にちがう描かれ方をしているので、さらに謎が深まったことについて、しかも、それをどこまで書いていいのか、‘私の勝手な憶測だけど’とことわれば書いてもいいのか、‘まだ観ていない人は読まないで’とことわって書くべきなのか、考えつつ書かなければならないが、そんなことをする自信はとてもないので、とりあえずこれだけのことを、先にことわっておいて、書き始める。
「男はつらいよ」は、誰がなんといっても映画史上に残る名作で、その監督であるかぎり、それを超えていくのはしんどいんじゃんないか、誰にとっても時は平等に過ぎていくのだし、と思っていたけど、この「小さなおうち」を心待ちにして、初日に観にいく気になったのは、あのオレンジ色のポスターが再現している、昭和モダンのデザインがなかなかのものだったし、松たか子が腰紐をくわえて鏡を振り返っているスチル写真をみて、この映画はつくりが確かなんだと思ったことが大きい。
吉田健一の「東京の昔」を読んで、その後の軍の暴走が灰にしてしまった昭和モダンを惜しむ気持ちは強いが、考えてみれば、それを映画的なディテールで描くとなると、戦争の断絶があるために、それは想像以上に難しいことになってくるのは、中島京子の原作にもあるように、昭和初年代と言えば暗く悲惨な時代とだれもがそう決めてかかっているし、そう思わなければならないといった同調圧力のようなものさえあるかもしれなくて、今回のパンフレットにも、その時代の雰囲気をおぼろげながらも憶えているはずの山田洋次でさえ、中島京子の原作「小さなおうち」というタイトルは「若い頃の自分だったら絶対に読まなかったタイトルですよ」と意味深な発言をしている。
クリント・イーストウッドが「許されざる者」を撮ったとき、「もう西部劇は撮れないだろう」なぜなら「馬に乗れる役者がいない」といったそうだが、三谷幸喜の「清洲会議」を観て、日本の時代劇も同じような理由でもう実現不可能だろうと思った。だって、武将が正座してんだもん。だめだこりゃって。逆に言えば、日本映画で時代劇が可能だったのは、そういった伝統を伝えてきた裏方がふんだんにいたからだった。
今回の映画のように、まだ百年もたたないころのことであっても、ゼロからリアルティーをもって再現しようとすれば、かなりの労力がいるし、それがなければやせ細った映画しかできなかったはずだ。それを可能としたのは、50年間‘寅さん’の現場を担ってきた「山田組」というべきチームの職人技だと考えると、山田洋次でなければこのクォリティーの映画はできなかったろう。
小さなおうちのセットを建てた美術の出川三男さんは「男はつらいよ」シリーズの美術すべてを手がけた人だし、衣装の松田和夫さんのインタビューがパンフに載っているが、たくさんの着物が重なっているところを「指でパーッとさわると、この着物はあのシーンにいいなってわかる」のだそうだ。たしかに、そういうスタッフがいないとできない質の高さだと思う。
松たか子と片岡孝太郎という歌舞伎界の二人の存在も大きかった。着物を着慣れている。片岡孝太郎は、洋服から着物に着替えるときどうすべきか、監督に尋ねられたそうだ。
また、文藝春秋に山田洋次と倍賞千恵子の対談があるが、山田洋次は当時の掃除のしかたを、幸田文の随筆を読んで勉強したそうだ。
同じ対談で
倍賞 ・・・『小さいおうち』の中で「私は長く生きすぎたのよね」という台詞があって、すごいと思ったんですよ。
山田 最初は台本にない台詞だった。でも、なにかひとつ欲しくてね。
倍賞 山田さんが現場で何かぼそぼそ言っていて、その言葉をおっしゃった。「ああ、すごい台詞ですね。誰が言うんですか?」って聞いたら、「あなたですよって」・・・
倍賞千恵子の若い頃を演じた黒木華がインタビューで語っていることによると、倍賞千恵子が一度だけ黒木華の現場を観に来たのだそうだ。映画を観ると、倍賞千恵子が泣く場面で、黒木華の泣くくせを取り入れてくれていたそうだった。
中島京子の原作になくて、映画にあるひとつの謎は、倍賞千恵子が演じた布宮タキの部屋にあった一枚の絵だ。あれがあそこにあったについてどう考えればいいのか。
いずれにせよ、小説の方も映画の方も、布宮タキの手記が事実そのものではないか、すくなくとも、事実全部ではない余韻を残している。映画の外側にまだ何かあるのだ。
小説の巻末に、中島京子と船曳由美(『100年前の女の子』というノンフィクションを書いた人)との対談があった。そのなかで語られている中島京子の思い出話、バブル全盛だった1980年代、彼女のおばあさんが「ちょっと嫌だわね、戦前みたいで」といったそうだ。
「夢と狂気の王国」のなかでも、宮崎駿が「戦前の人たちはこんな気持ちで暮らしていたんだな」という。以前、小林信彦が「今はほとんど戦前だ」みたいなことを書いていたのを読んだとき、「んな、ばかな」と思ったものだったが、たしかにもうそういう思いをあたまの片隅においておくべきかもしれない。ときどき、路肩の案内板なんかで「この‘手前’3つ目左折」とかいうやつがあるけど、通り過ぎてからそういうこと言われても困るんだし。あれが戦前だったっていわれても。
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