猪熊弦一郎展

東府中から京王線で初台へ。オペラシティのアートギャラリーで開かれている猪熊弦一郎展、「いのくまさん」を訪ねた。
谷川俊太郎が文を担当した絵本『いのくまさん』を元にした展示なのだそうだ。展示スペースに浮かんでいるあの詞書は谷川俊太郎のものだったらしい。
年代順の展示ではなくモチーフごとに分けられていたので、最初の顔の絵をみて、なぜかアロイーズを思い出し、アールブリュットなのかなと思った。
アールブリュットと他のアートの違いのひとつは、観られることを意識していないかいるかだと思う。もっと正確に言えば、名画に見られるかどうかを意識していないかいるかだともいえるし、作家に肯定的にいえば、それがどんなものであれ、美術史観といえるものを、作家が持っていないかいるかといえるかもしれない。
わたしがアールブリュットかなと思ったのは、猪熊弦一郎の絵にはそういう意識がほとんど感じられないからだった。
しかし、見ていくうちに分かったのは、この画家は勇気のある画家だということだった。
美術史の保証や名画の残照を消去して、ただ自分の感受性だけで対象に向かい、そして一本の線を描き始めることは、画家になみなみならぬ勇気を要求するだろうと思ったからだ。
藤島武二のもとで絵の修行をしたそうだが、デッサンが悪いといわれつづけて「ただ見たままを写すのではなく、ものを理解して描かなければならないのだ」と悟ったという。
常設展示に若い画家たちの抽象絵画が展示されていたが、猪熊弦一郎に較べれば、どれもみんなかっこつけているように見える。
顔のシリーズは奥さんの死後描き始められたものだそうだ。
展覧会場を出てミュージアムショップにいくと、画家の自叙伝とおぼしい『私の履歴書』という本の帯に「絵に必要なのは勇気である」と書かれているのをみてわが意を得た。猪熊弦一郎は、確固とした意志であの絵を手に入れたのだということである。