浦上玉堂と春琴・秋琴

knockeye2016-12-14

 千葉市美術館で、浦上玉堂の展覧会が開かれている。この美術館での前回の展覧会から10年ぶり、その間にけっこう多くの新発見があったそうで、その成果が反映されている。国宝の《東雲篩雪図》は、もう展示が終わっていたが、あの絵は、川端康成の旧蔵品なので、ことしの春、東京ステーションギャラリーであった、川端康成の展覧会にも展示されていた。そのときは《凍雲篩雪図》となっていたようだ。

 浦上玉堂自身が絵の左肩に「東雲篩雪」と書き込んでいるので争う余地はないが、描かれているのは「東雲(しののめ)」とは思えない。凍てつく雲だろう。美術館の説明によると、池大雅の旧蔵で、のちに玉堂が愛蔵した、李楚白の画帳の中の一図、「凍雲欲雪」にちなみ、「東」の字を「凍」に音通したと考えるのが正しいそうだ。その辺は、玉堂の、文人としての教養に属することなんだろうと思う。そういえば、夏目漱石はよくこんな漢字の使い方をした。「生地」を「木地」と書いたりした。
 浦上玉堂は、文人画家と言われるし、おそらく本人も文人としての矜持を持って生きていたに違いないのだが、今でもなんとなく使われるこの「文人」という言葉、本家の中国でも、さほどはっきりした定義があるとも思えなかったりする。
 ただ、浦上玉堂が生きていた当時の日本には、たしかに文人のネットワークが全国に張り巡らされていたそう。
 谷文晁が肖像を描いている、大阪の木村蒹葭堂とも玉堂はつながりを持っていた。木村蒹葭堂は、何をやった人なのか、わたくし、まだはっきりとしたイメージがつかめていないが、とにかく、大阪のみならず、全国の文人が彼のもとに通った。江戸きっての人気画家であるのみならず、松平定信のお抱え絵師だった谷文晁は、財力と権力に視点をおくと、「位人臣を極めた」ことになるのだが、「文人」の価値観だとそうでもないらしい。
 浦上玉堂自身も、岡山藩支藩鴨方藩大目付を勤めていたが、50歳になって長男の春琴、次男の秋琴の2人を連れて脱藩した。旅先の城崎温泉から脱藩届けを送って出奔した。春琴は16歳、秋琴は10歳だったが、文人のネットワークではすでに認められつつあったようで、その脱藩以前の2人の描いた絵も残っている。秋琴の方は、11歳で会津藩に仕え、雅楽方頭取に任じられている。
 え?会津?、なんで会津?って感じだが、脱藩後の玉堂の足跡は神出鬼没で、まだ全容は判明しないようだが、江戸、大阪は言うに及ばず、金沢、諏訪、長崎、熊本、足利、水戸、広島など転々として、晩年には京都の春琴のもとに落ち着いた。ちなみに、そのころ、京都では春琴の方こそ絵師として名を馳せていたそうだ。今は、バークコレクションにある《春秋山水図屏風》が展示されていたがすばらしいと思った。


 生前の玉堂は画家としてより、ミュージシャンとして知られていた。春琴の描いた玉堂の肖像も琴を弾いている。玉堂が自作した琴がいくつも展示されていたが、弦は7弦、サイズも今のギターくらいで、ギターケースにあたる琴嚢には、当時の名だたる文人たちが、書や絵を寄せている。これを担いで全国を旅していたらしい。
 そもそも「玉堂」という号も、35歳の時に手に入れた明の顧元昭の七弦琴に刻まれていた「玉堂清韻」にちなんで「玉堂琴士」と号したくらい。琴に対する愛着は並々ならぬものだったらしい。

 絵については随分へりくだった言い方をしている。音楽家を自認していたこともあるだろうし、職業的な絵師と見られたくなかったのかもしれない。しかし、当時から文人の間では評価が高かった。田能村竹田は、また、漢籍の教養の高い人だったが、玉堂の絵を高く買っていた。
 展覧会の最後に「玉堂を見つめる」という章が設けられてあり、いろんな人のコレクションした玉堂が展示されていた。その中に、田能村竹田が、玉堂の画風を真似て描いてみたという《碧谿蕭寺図》が展示されていた。しかし、竹田本人がそう言ってあるように、玉堂のタッチは全く再現できていない。これをみて改めて玉堂の絵のすごさがわかった。
 玉堂の絵は、文人画で山水画がほとんど。先にあげた《東雲篩雪図》は、一見写実的に見えるが、現実にある風景を描いたわけではない。玉堂は風景を描くつもりはないのだと思う。
 たとえば、この《奇峰秋色図》

何に見えますか?。
 文人画、山水画と言いつつ、これがたとえば煎茶の茶席なんかにどんと掲げられているところを想像すると、このすごさがわかる。
 さらにいえば、《寒巌林松図》は、

風景でないのはもちろん、もはや、山水画というより、もっと別の力を宿すように見える。ドラッカーコレクションにも多くとられている。これは私にはまさにカウンターカルチャーに見える。そして、こういうのを評価した文人のネットワークがあったことに感服してしまう。そういうのって、いつの間に、いったいどこに行ってしまったんだろう?。そして、そういうネットワークが、今に可能かどうかと考えてみるのはたしかに楽しい。
 会期が12月18日までと短いので、お見逃しないように。