「王様のためのホログラム」はアメリカの自虐ギャグ?

knockeye2017-02-10

 デイヴ・エガーズの原作小説に、トム・ハンクスがツイートしてから4年。そのころはまさかトランプが合衆国大統領になるとは思っていなかったはずだ。トランプ大統領が誕生したとき、何かとんでもないことが起こったように驚いたし、あきれて苦笑いもしたわけだったが、トランプって人を、現に、大統領にしてしまったアメリカのマジョリティーについて実像をつかめないでいた。
 クリント・イーストウッドがトランプ支持を、早い段階で発表したときでさえ、逆説的な意見のように聞こえた。米国の現状に対する批判のようにしか思えなかった。古いことどもが粉砕されると期待しているのであって、新しい何かに期待しているとは聞こえなかった。
 クリント・イーストウッドと対極の立場だろうオリバー・ストーンも、大統領選後ではあるが、トランプ大統領を好意的にとらえようとしている。朝日新聞のインタビューに答えているのを読むと、トランプ大統領アメリカ・ファーストな考え方が介入主義を終わらせると期待している。
 「米軍を撤退させて介入主義が弱まり、自国経済を機能させてインフラを改善させるならすばらしいことです。これまで米国は自国経済に対処せず、多くが貧困層です。自国民を大事にしていません。ある面では自由放任主義かと思えば、別の面では規制が過剰です。トランプ氏もそう指摘しており、その点でも彼に賛成です。」
 オリバー・ストーンがトランプ支持って聞くと刺激的だが、中身を聞いてみると、淡い期待といった程度のものであることがわかる。むしろ、ヒラリー・クリントンの攻撃性に警戒していた反動であるともとれる。オリバー・ストーントランプ大統領誕生はショックだったと語っているから、米国民のマジョリティーをメディアの側で代表しているのはだれなのか(それがトランプ大統領だったと言ってしまえば循環論めいてくるが)なんだかわからなくなってしまう。
 金曜日は雪が積もった。で、どうしようか迷ったが、たまたま定時で上がれたので、トム・ハンクスの「王様のためのプログラム」を観にいった。雪のおかげで映画館がすいていてよかった。
 トム・ハンクスは去年、「ハドソン川の奇跡」と「ブリッジ・オブ・スパイ」と絶好調だったのだ。この映画の監督は、「クラウド・アトラス」でウオシャウスキー姉妹と共同監督を務めたトム・ティクヴァ。あの映画を観た時は知らなかったのだけれど、原作者のディヴィッド・ミッチェルは、日本に長く滞在経験があり、日本語にも堪能で、あの原作は三島由紀夫の『豊饒の海』と手塚治虫の『火の鳥』にだいぶインスパイアされたものであったらしい。
 というか、正直言って、その二作品の翻案ものかと思ったほどだった。トム・ハンクスは、いわば「猿田彦」役であった。ベン・ウィショーの脇腹に『豊饒の海』でいう「三つのほくろ」にあたるものがあったりした。
 「クラウド・アトラス」は映画としてはどうしようもなかった。そこが気がかりであったが、今回は原作が無茶ぶりでないので、めったなことにもなるまいと気楽な気持ちだったのである。
 それで、どうして冒頭に書いたような感慨に沈むことになったかといえば、「どうした?アメリカ人!」ってそんな感じで、普通の映画とはべつの涙がにじみそうになったからだ。
 この映画のトム・ハンクスは、シュウィン社という自転車のメーカーの元取締役で、中国に生産を移した結果、コピー商品に市場を食われてしまい、会社を追われ離婚、娘は大学休業中といった不遇の何年かを経た後、ようやく職を得たIT企業で、国王に自社が開発したホログラムのシステムをプレゼンテーションすべく、サウジアラビアに乗り込む。
 そのあとの展開は、これでもかというほどのアメリカの自虐ギャグ。と、私には見えた。もちろん時代が違うから「沈黙」のような文明についての深い省察はなくて当然としても、アラブの文明や文化を理解するどころか、興味を示すそぶりもない。とてつもないシュールな世界に迷い込んだ旅人の物語、いわばガリバー旅行記であるが、ただし、外の世界にたいする好奇心は皆無だ。
 むしろ、自分たちのやり方が通用しない無力感に浸っている。さらに深刻だと感じたのは、自分たちの価値観に対する自信喪失。この映画を観ると、アメリカは民主主義と自由主義の旗を降ろしたがっている、というより、もう腕が限界で投げ出したいと叫んでいるようにさえ見える。
 たしかに、戦後のアメリカの介入主義は多くの不幸をもたらしはした。しかし、それでも世界があえて異論を唱えず、全体として黙認したのは、自由と民主主義の旗を掲げていたからだろう。それさえもはや投げ捨てたがっているとは。
 これほど弱り切って後ろ向きで、ほとんどうつ病のようなアメリカの姿を、これほど露骨に見せつけられるとは意外だった。
 おそらく、作った彼らはそうは意識していない。アラブ世界に迷い込んだアメリカ人のちょっとしたコメディを作ったつもり。椅子が壊れるギャグなんて笑えないが、そういうのもちりばめてるし。しかし、アラブの運転手ユセフ(アレクサンダー・ブラック)が、トム・ハンクスのために車の中でかけてくれる音楽がChicagoだったりする。ほんとに。泣けるよ。