「勝手にふるえてろ」

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 宮藤官九郎の2017年ベスト映画は「新感染」だそうだ。ほんとかよ。ただの駄洒落だと思って気にも留めなかった。

 私の場合は、1年を振り返っている間に、半年ぐらい過ぎちゃいそうなので、あんまし、ベスト10とか考えないんだけど、それでも去年に関しては、ベスト1は決まっている。アレハンドロ・ホドロフスキー監督の「エンドレス・ポエトリー」だ。これはもうダントツだった。

 そんなベスト映画がらみの記事のなかで、誰かが「勝手にふるえてろ」を2017のベスト映画だと力説していた。この映画は来週、新百合ヶ丘で観るつもりにしていたが、ついその記事の熱に押されて、横浜まで出かけていった。

 松岡茉優って女優さんは、ああいうお芝居を0からよく作れると感心する。もちろん、監督・脚本の大九明子の仕事も大したもんだけれど、松岡茉優イチロー級のファインプレー連発だったと思う。

 公開からかなり経っていると思うんだけど、満席に近かった。女子が多いんだけど、劇場が明るくなると「すっごいわかる」とか「全然わかんないんだけど」みたいな声が。だけど、それはそういう声を上げさせてる時点で映画の勝ちだよね。普通の映画は大体みんな黙って立ち上がって、しゃべり始めるのは通路に出たあたりですからね。

 わきを固めてる人たちもよい。いわゆるキャラが立つってやつでしょうか。「淵に立つ」の古館寛治とか、片桐はいりとか、「桐島、部活やめるってよ」にも出てた前野朋哉とか。

 松岡茉優というエンジンがモンスター級なので一気に駆け抜けたけど、ただ、男としては、そこそうなの?って思う部分もあった。個人的には、北村拓海が演じた「イチ」に感情移入してしまってどうにも割り切れない。男としては「イチ」の方がリアルで「ニ」がファンタジーに見えちゃうわけ。あんな奴いねぇよって。でも、そんなこと考えてる時点でもう映画の術中にはまってるな、これは。

 でも、わたしが「イチ」に感情移入してしまったのは、シナリオとしては「イチ」の退場はちょっと強引だからだな。テレビシリーズなら「イチ」と「ニ」と主人公の三角関係で最後まで引っ張るでしょう。映画だと尺の関係でむずかしいのかも。

 それと、欠点をあえていえば、「イチ」の退場前後でストーリーが割れてる。なので、松岡茉優の演じる主人公「良香」のキャラクターについては「すっごいわかる」のだけれど、ストーリーの展開にかんしては「全然わかんないんですけど」ってなるわけである。それは、妄想の中の「イチ」も現実の「イチ」もきれいに処理されてないからだろうと思う。テレビシリーズなら、この後もういちど「イチ」が登場するはずである。

 今って時代は、セックスは簡単にできるのに、恋愛は難事業で、結婚となるとほとんど無謀っていう時代である。それは、バブル崩壊で終身雇用が破たんしているのに、それに代わる新しい人生プランを社会がまだ持てないためだろうと思うが、それはともかく、良香は、昭和の古き良き恋愛を「イチ」に捧げているのにたいして、「ニ」には今っぽいフツーの恋愛を求めている。なのに、性格的には「ニ」は昭和のテレビに出てきそうないい奴で、良香が「イチ」に求めているような昭和っぽい恋愛を良香に求めてくる。一方で、現実の「イチ」は、今っぽい分裂を生きているらしい。「イチ」は、主人公と話していると「自分と話しているみたい」と告白する。現実の「イチ」は実は良香に似てたのである。

 その行き違いが、後半部分に生かされなかったのが残念な気がする。テレビならもっと引っ張るよねって言いたいわけ。良香が、現実の「イチ」に再会できるのも、「ニ」が自分に使った手をまねたからなので、このパターンはもう2,3回繰り返した方が面白さが増す。

 それと、現実の「イチ」がほんとは「王子」どころか、妄想のなかで「自分はいじめられていた」と思い込んでいるのも面白い。彼の妄想の中では、「良香だけが自分をいじめてなかった」ことになってる。この「イチ」と良香の妄想のすれ違いももっと生かせると思う。

 主役もわき役もキャラがいいから半年後くらいにテレビ化したら大ヒット間違いなしだと思うな。