『SWALLOW』は最強の女性映画

 フライヤーにあるような「スリラー」とか「恐怖」とかいう言葉でこの映画を評することは、どこか女性蔑視を思わせる。
 「恐怖」?。たしかに主人公の旦那さんリッチーの視点に立てば「恐怖」とか、少し冗談めかして「スリラー」と言えるのかもしれない。女房に向かっては「愛」といいつつ、振り向いて会社の同僚には「恐怖」というそんな程度の重みしかない言葉だろう。
 この映画のアメリカでの評価は(ロッテントマトでは支持率88%と高い)興収の面では参考にならないかもしれない。2020年の3月27日に全米でもたった3館で公開され始めたばかりだった。その後のコロナの猛威を考えると、ちゃんと評価されなくても仕方なかったのではないか。とにかく「スリラー」ではない。呼び込み用にしてもその評価はひどい。
 ラストシーンが女性用トイレの固定カメラなんて感動的としか言いようがない。
 監督、脚本は、これが長編デビュー作のカーロ・ミラベラ=デイヴィス。フリーダ・カーロを連想してうっかり女性かと勘違いしていたが、髭面のおとこだったのでむしろびっくりした。『詩人の恋』のキム・ヤンヒもあれがデビュー作だったが、この監督はぜったい女性だろうと思った。しかし、この映画の脚本・監督が男性とは頼もしいというしかない。
 モチーフになっている異食症は、妊婦には見られることがある症状だそうで、主人公の妊娠を義父母に報告に行ったディナーの席でそれがはじまる。その時は氷にすぎなくて、これは異食症なんてことばは知らないでも、妊婦さんならこういうことありそうだな、くらいの感じなのである。それが次第に主人公のもがきに見えてくる。緊迫感の募る演出がすごい。
 主人公の置かれている条件さえ違えば、笑い話にすぎなかったかもしれないありがちな症状が、1%と言われる裕福な旦那の家族の差別と疎外、そして主人公の自己評価の低さを浮き彫りにしていく。
 カーロ・ミラベラ=デイビス監督の祖母が実際に神経脅迫症で、『淵に立つ』の筒井真理子みたく、しきりに手を洗っていたことからこの映画を発想したそうだ。ちなみにこの人はサンダンス映画祭出身だそうだ。サンダンス映画祭ってやっぱり信頼できる。
 主人公のハンターを演じたヘイリー・ベネットが製作総指揮を兼ねているのも素晴らしい。女性の自立を描いた映画としてここまで共感できる映画はそうそうない。
 議事堂襲撃事件なんかの後にこういうのを観るとホッとする。
 あつぎのえいがかんkikiは、今週『燃ゆる女の肖像』、『詩人の恋』と名作揃い。お近くの方はオススメ。