『先生、私の隣に座っていただけませんか?』観ました

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 作品の中で別の作品が描かれる入子構造の作品も少なくないと思う。観客が見ているのもフィクションなわけだから、その中にまたフィクションがあると、何か向かい合わせの鏡を見ているような感覚が味わえる。
 最近で言うと、カンヌで脚本賞を獲った『ドライブ・マイ・カー』では、ちょっと変わった演出の『ワーニャ叔父さん』が映画の重要な部分を担っていて、舞台のセリフと映画のセリフが響きあって、登場人物の感情を溢れさせる面白さがあった。
 こないだ山田洋次監督の『キネマの神様』、主演のはずだった志村けんがコロナで急逝されて、急遽、沢田研二が代役を務めたって映画を観た。そこでも『東京物語』の原節子北川景子が演じるところがあって、そこは面白かったが、ただ、前作(といっても35年くらい前)の『キネマの天地』でもそうだったんだけど、肝心の主人公が作る「映画内映画」がボヤッとしてる。あれをちゃんと作らないと成立しないと思う。
 その意味では、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』の映画内「マンガ」には、日本ってマンガ大国なんだなと納得させられる。マンガそのものもそうだけれど、マンガを仕上げていく作業や現場がいちいちリアル。
 しかも、漫画家夫婦のおはなしなので、2人の漫画家さんに実際に作画してもらってる。かなり贅沢に感じるわけ。
 この「映画内マンガ」って手法は、たぶん『バクマン。』の大根監督の発明なんじゃなかったろうか。
 『キャラクター』って映画も菅田将暉が漫画家さんの役で主演していた。あれも「映画内マンガ」がしっかりしていた。
 『先生、私の隣に座っていただけませんか?』は、柄本佑黒木華が漫画家夫婦、奈緒が2人を担当する編集者を演じている。柄本佑は、もともとは黒木華のマンガの先生だったらしいんだけど、最近5年は作品を描いていない。今は黒木華の方が売れてる。そういう状況ではありがちかもしれないけど、柄本佑奈緒と不倫してる。
 黒木華の連載が一区切りしたころ、田舎で一人暮らししている彼女の母・風吹ジュンが交通事故でしばらく運転できなくなってしまったので、一時的に、田舎で同居生活をすることに。ついでに、黒木華は教習所に通い始める。
 黒木華が女流漫画家のオタクぶりを発揮して、実家の自分の部屋で、突然新作マンガを描き始めるんだけど、それが、ダンナに浮気された女流漫画家が教習所の教官と恋に落ちるって内容で、それを覗き見た柄本佑は、そのマンガが事実なんじゃないかと疑い始めるって話。
 面白いアイデアのコメディーで、実際に劇場で笑いももれる場面もいっぱいあった。私も面白かったし、楽しめたのだけれども、ただ、一点どうなのかなと思ったのは、けっこう最初の方で、黒木華がダンナの浮気に気づいてるとわかってしまう。
 最後の謎解きのところまで、気づいてるか気づいてないか観客にバレないように引っ張ってくれたら、もっとあざやかな気分だったろうと思った。
 つまり、地の部分では柄本佑黒木華に振り回される、一方で、映画内マンガの部分では黒木華柄本佑に悩まされる、というコントラストがもっと強く出た方が良かった気がする。
 早い段階で黒木華が浮気に気づいてることが観客にわかってしまうと、地の部分でも、映画内マンガでも、黒木華柄本佑の被害者になってしまって、コントラストが効かないのだ。
 オチのどんでん返しが鮮やかだったので、余計にそこが惜しかった気がした。でも、人によっては、あのくらいの方がリアルでいいと思うかもしれない。わたしは、もっとコメディーに振り切って欲しいと思う方なので。
 その意味では、エンディングの曲がeillが歌う「プラスティック・ラブ」だったのもちょっとテイストが違う気がした。同じく竹内まりやから選ぶとしたら、それこそ「ドライブ・マイ・カー」じゃなかったかと思う。大人の事情を度外視すれば。

Drive My Car

Drive My Car

 この映画のもともとの企画は「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2018」 の準グランプリ作品だそうだ。どういうものか知らないけれどオリジナリティのある面白い小品に仕上がってる。

 柄本佑では『きみの鳥はうたえる』もオススメ。

 黒木華では『リップヴァンウィンクルの花嫁』もオススメ。