キューティーハニー

今、テレビで実写版キューティーハニーを演じている原幹恵は、アニメ版そのままのようなルックスである。キューティーハニーなんて実力派女優に演じあげられても困ってしまうので、ルックスがドンピシャならそれだけであたりといっていいだろう。
それにしても、アニメ放映当時は、あんなルックスの女の子が現世に出現するとは思いも寄らなかった。
芸能界に復帰がうわさされいる羽野晶紀は、キューティーハニーになりたくてこの世界に入ってきたはずだったが、さて、どういうわけで和泉元彌あたりと結婚したのだろうか。当時、女優として一番脂の乗り切っていたころのはずだった。
以前にも書いたけど、いま日本人は結婚のモティベーションを喪失している。結婚の持っていた社会的意味が形骸化してしまっている。近代詩人が「詩とは何か」を考えてから詩を書かなければならなかったように、現代の男女の前には「結婚とは何か」という問いが立ちはだかっている。
藤原紀香なんか、結婚と同時に本まで出版したらしい。なんとなく結婚建白書とか、結婚憲章とかそんな感じがする。たしかに藤原紀香くらいになると、傍目から見ても、結婚する理由がみつからない。本の一冊も書かないと自分を説得できないのだろう。
羽野晶紀キューティーハニーになれたのだろうか。モスラガメラかに悪役で出ていたときは、「これはもしかしたらキューティーハニーかな」という気がした。
キューティーハニーになる」方が「結婚する」よりむしろリアリティーがある。どちらの方が幸せにおもえるだろうか。
結婚が喪失してしまったのは、リアリティーでなくファンタジーかもしれない。夫婦というファンタジーは、むき出しの男女関係というリアリズムにもう抗しきれない。結婚というロールプレイングゲームは時代遅れになりすぎたのである。