医者、用水路を拓く

医者、用水路を拓く―アフガンの大地から世界の虚構に挑む

医者、用水路を拓く―アフガンの大地から世界の虚構に挑む

本を買うスピードに読むスピードが追いつくことはない。
(でも、どうだろう?逆に、本を読むスピードに買うスピードが追いつかない、というものすごい読書家もいるのかもしれない。)
で、つまみ読みしてそのままになっていたり、中断してほかの本を読み始めたりもする。
日曜日ではあるが、前日の長時間労働が、経年劣化した肉体につらい。展覧会と映画館の情報をチェックしながら、出かけようかどうしようか迷ってしまう。
横浜美術館は「GOTH展」というのをやってる。ここは企画が面白い。ただ、展示数が分厚いというわけにはいかない場合が多いのと、近くて何かのついでに立ち寄れるという安心感で、つい後回しになってしまう。今は、横浜そごうで「プラハ美術館展」をやっているので、これと抱き合わせでどうでしょうというところか。
渋谷のBunkamuraで「アンカー展」の今日が最終日。悪くもなさそうくらいのところだけど、同じ建屋にある映画館の「やわらかい手」が面白そうなので、じゃあ、渋谷に出かけようかと思ったわけだった。
駅まで10分かからなかった前のアパートと違って、ここはそれからが少し手間取る。バスの時刻表を見つつ、携行する本を物色していた。
バスを待ちながら、中村哲医師の件の本を読み始めて、結局午後7時まで読み続けてしまった。
この2〜3年戦前戦後の連続性ということに気がつき始めている。ときどき、「戦後、人の心ががらっと変わってしまった」みたいなことを言う人がいるが、そういっている本人が戦前のことを何か知っているとはとうてい思えない。むしろ、あれだけの犠牲を払いながら、ほとんど何も変わっていないというのが実情に近いと思うようになった。
この本は、中村哲氏ひきいるPMS(ペシャワール医療サービス)の2001年から2007年までの活動の記録である。もともと医療活動から始まったPMSの活動であるが、やがて井戸掘り、そして大旱魃に見舞われた村をすくうための灌漑事業へと発展した。
面白いのは、用水路を作るのに役に立ったのは、現代の土木技術ではなく、著者の故郷、九州の川に残る、斜め堰、石出し水制、蛇籠などの伝統技術だったこと。

年老いた農民の長老が涙ぐんで必死に乞う姿を見ると、思わず涙がこぼれた。「気力ヲ以テ見レバ竹鎗!」(田中正造)という言葉が、まるで追い詰められた者の殺意の如く、電光のように胸の内をよぎった。

英米軍の軍事介入や、復興資金目当ての無責任な援助活動で、疲弊していく農村の現状を目の当たりにして、足尾鉱毒事件の解決に奔走し、全財産を費やして死んだ田中正造の言葉が、著者の心に迫ってくる。

毒野モ、ウカト見レバタダノ原野ナリ
涙ヲ以テ見レバ地獄の餓鬼ノミ
気力ヲ以テ見レバ竹鑓
臆病ヲ以テ見レバ疾病ノミ

無名の百姓が残した技術が旱魃を救い、匿名の役人たちの私利私欲が、緑野を「毒野」に変える。
気力ヲ以テ見レバ竹鑓。
天災のように見えて、そこにあるのは美名の陰に隠れた棄民の殺意。気力と涙をもってよく見ろと叱咤する声が聞こえる。
ところで、アメリカの空爆でにわかに注目を浴びたペシャワールに、各国のNGOが詰め掛けた一時期、中村医師の団体に接触を求めてくる日本のNGOもあった。ある団体で「いや、この『業界』も狭いもので、以前にコソボソマリアカンボジアなどで出会った人たちとも出会いましてね・・・」という会話を耳にし、応対に当たった職員が憤然としたエピソードが書かれていた。
「『業界』などと、とんでもない。この世に人を助ける商売があるのか。」とは、その職員の言葉である。
以前、高遠菜穂子さんの事件が起こったとき、彼女の活動を批判したニューヨークに拠点を置くボランティア団体があった。その主旨は「お前のせいで、『仕事』がやりにくくなる」ということだったと記憶する。その裏には、「ボランティアもプロに任せて、素人は手を出すな」という意識が透けて見えた。そのときどきで話題になり、援助資金が集まる地域を転々とする、渡り鳥のようなNGOが存在するらしい。
少なくとも高遠菜穂子さんの活動は、規模こそ小さいが、地域に根ざしたものであった。