秋野不矩 補遺

秋野不矩は、天竜川の近くで生まれた。今、個人美術館が浜松にある。建築家は、路上観察学会でおなじみの藤森照信。茅野にある「神長官守矢資料館」を気に入り、設計を任せたそうである。神長官守矢資料館はインドの民家そっくりだそうなのだ。
この情報は、ブラウジングして見つけた「美の巨人たち」のバックナンバーによっている。秋野不矩の「姉妹」と「渡河」、そして「オリッサの寺院」が2005年の夏、二週にわたって取り上げられていた。
「姉妹」は画家38歳のときの作品だが、名画といってもよい。驚くのは、30代後半であのレベルまでスタイルを確立した画家が、70を過ぎて「ガンガー」のようなスケールの大きな絵を描くまでに変貌を遂げたことだ。
制作年代を見て目を疑ってしまうのだけれど、「渡河」を描いたときは80を越えており、「雨雲」は90歳の時の作品である。あの「雨雲」は、迫力に圧倒されて、私にはまだ完全には掴みきれない。あの絵を90を越えた画家が描いたというのか。
インドの激しい日光にさらされる黄土のあの色彩は、なんと実際にインドの土に膠を混ぜた岩絵の具なのだそうだ。「壁を塗る」という印象的な絵があるが、一心に壁に土を塗るあの女性に画家は自己を投影したかもしれない。あの姿は祈りに見えなくもない。
「紅裳」のあの華やいだ女たちから、「壁を塗る」の黒い女までに、削ぎ落とされた色、あるいは、塗り重ねられた色。この変貌の中に何のドラマも感じられないなら絵を見に行く意味がないというものである。