失業旅行

今、自分が派遣社員を続けていて、もし契約を切られたらどうしただろうかと考えてみる。
あくまで「たられば」の話なので、実際にはどうしたか分からないが、まず心に浮かぶのは失業旅行だな。
旅行のタネは数々あれど、失業旅行ほど充実するものはない。大概シーズンをはずしているので、どこにいっても空いている。失業保険を受け取りに帰ってこなければならないが、それ以外はゆったりとスケジュールを組める。
私の場合はテントとバイクなので、ほとんどカネもかからない。二週間九州を失業旅行したときは、全泊無料で通した。
あの時は二月で、雪の消えるころを見計らって、魚津ICから関門海峡まで、一日で走りきった。ジェベル200だったからそれなりにつらかった。なんか脚がぬれてるなと思ったらオイルが噴出していた。
ロシアに行くときに知ることになるのだが、エンジンの一部に「す」が入っていたのである。「エンジンに『巣』が入った」と何度もネットにアップしていたら、心ある人から「それは『鬆』です」とアドバイスをいただいた。鋳造のミスでできる小さな穴のことなのだけれど、いかにも虫の巣みたいなので、てっきり「巣」だと思いこんでいた。
もっともそのときオイルが噴出した原因が、その『鬆』であったかどうかわからない。富山から門司までほとんどフルスロットルだったので、(200ccのエンジンで高速の流れに引っ張られるとどうしてもそうなる)振動でドレンボルトがゆるんでしまっていたのも事実なのだ。ジェベル200はチープなバイクで、失業旅行によく似合っていた。
今でも心に残っているのは、行人岳から鶴の北帰航を見たこと。出水で越冬を終えた鶴たちが、晴れた朝を選んで半島へ帰っていく。その日は500羽もの鶴たちが頭上を飛来していった。運がよければ足下に眺めることもあるそうだ。
私は仕事が大嫌いなので、仕事を辞めるくらい清々したことはない。会社の都合で辞めれば雇用保険も即決。いつもは何かと理由をつけて金を取っていく国が、何にも言わないのに金を呉れるというのだから得がたい機会でしょ。HISとかJTBで失業旅行プランを売り出さないのが不思議。
派遣の合法化の最大の問題は、派遣が普通の働き方だと勘違いした人が増えたことだろう。「人間扱いされているかどうか分からない」なんて、少なくとも私は思ったこともない。人間扱いされなくてけっこう。その代わり、こちらも人間を相手にしていると思わなかった。それとも、サラリーマンが人間らしい働き方だとでも?
働きながらもときどき情報誌をチェックして、富山においしい仕事あれば富山にとび、信州の方が良さそうだとなれば部屋を引き払う。そういうろくでもない仕事が派遣なのである。
ずっとそう思ってきた。まさか労働の3割を派遣が占めることになるとは。そうなれば、そこに手厚いセーフティーネットが必要になるのは社会の要求のはずで、現状、その部分は立ち遅れていると思う。
ただ、今の動きを見ていると、新しい労働運動の形が芽生え始めている予感もある。これまで日本の労働運動は、労働団体が会社に囲い込まれていたため盛り上がることがなかった。が、幸か不幸か派遣は企業の枠を超えているため、大きな連帯が可能になるかもしれない。
今の状況は、派遣に労働運動を促している。右翼だ左翼だという笑いぐさじゃない、自発的な労働運動がここから生まれるかもしれない。