曾我蕭白

DVDで「ダークナイト」を観た。
バットマンという枠の中で精一杯がんばったという感想。これが去年のアメリカ映画の中で最高傑作だったのかといわれたら、そんなことはないはずだと思いたい。バットマンバットマン以上にはなりえない。
ハリウッド版「ドラゴンボール」は不評のようだ。そもそもアニメーションとして世界的に人気のある作品を、あえて実写化するその心理には、実写の方がアニメーションより高級だという偏見がある。
原作への敬意もなく、単に確実に収入が見込めるコンテンツだからという理由で日本のアニメを実写化しても、よい作品ができるわけがない。アニメーションがもっている強いイマジネーションを実写で再現することはむずかしいと気づくべきだ。
そういう意味では、今度公開される「トランスフォーマー」の続編の方にむしろ期待が持てる。あれはもともとアメリカに輸出された日本製玩具というブツだ。ブツは実写に向いている。

今月から「新日曜美術館」が「日曜美術館」と装いを替え、司会に姜尚中を迎えた。一回目に取り上げた画家は曾我蕭白、ゲストは村上隆。なかなか意欲的な布陣だと思う。
聞き書き
「伝統的なテーマを扱いながら、こんなに奔放で大胆で、それでいて、僕なんかはちょっとこう寂寥感というか寂しさを感じるんですけどね」
「うん」
「『商山四皓図』のなかで、彼は自ら『鬼神斎』と名乗ってるわけですね。ここにはどういう思いというか意図があったんでしょうかね。」
蕭白は自分の絵と芸術家としての存在に並々ならぬ自信を持っていたと思います。しかし、それがですね、たぶんその当時、全くといっていいほど評価されてなかったと思うんですよね。
要するに、なぜこんなに荒ぶる表現方法を使わなきゃいけないのか。もうちょっと穏和にその神様たちを描いてくれればいいのにと、クライアントや絵を貰う人もたぶん戸惑ってたと思うんですが、その中で自分自身を嘲り笑うようなかたちで、まあ、鬼神と化した自分というものを自分自身でパロディにしちゃったんじゃないでしょうかね。」
「ああ、パロディとしてね。」
「ええ」
「村上さんもご自分の作品の中に『鬼神斎』と名付けられましたね。」
「ええ」
「やっぱりそういう同じ気持ちなんですかね。」
「んー、まぁそうですね、まぁ、パロディ(笑)。
まああの、自分はやっぱり、僕自身は日本の芸術をやってるつもりがありますが、やはり、発表のメインは欧米であって、日本ではなかなかそういう場がないということがあって、自分は何のために作品を作ってるんだ、誰のために、何人なんだっていつも問いかけてるんですけど、そのときに、蕭白のそういう当時の気持ち、何か自分を嘲り笑うしかないっていうのがすごくリアルに感じて、ま、同朋として『僕も使ってみまぁす』ということで。」
「それはどんなところが」
「今でこそね、芸術は芸術家自身が作り出すものだとして、その、インディペンデンツっていうか自由な発想ていうのが認められてますが、当時はやっぱり画題がいろいろあって、いつも繰り返す画題に対して、とてもこう不満足な気持ちを持ってる画家ってのはいっぱいいたはずなんですよね。
たぶん、蕭白はその代表的な一人だったんじゃないかと思いますが、しかし、じゃあ自由な絵を描けといわれてもですね、絵そのものの役割が芸術家の何かを発露するような現代的なバックグラウンドがないので画題を使うしかない。そのときにやはり定型化して形骸化してしまった画題を打ち破って、本質的にその画題の意味を暴きだしたいっていう強い欲望があったと思うんですよね。それをいろいろな軋轢をもった社会に生まれて、自分が満たされない境遇においても如何に自分自身を解放していくかということにおいて正直だったアーティストであったんだと。
それとともに形骸化したものに対しての強い反対する気持ちっていうものを、彼もけっこう派手に言論してたかもしれませんが、作品にすべて投影している。そういうところに自分自身も共感できるので、彼を見てるとたまにほっとするんですよね。」
「それは心が解放されてるっていう感じなんですかね。」
「いや、芸術家はやっぱり、心が解放されない人が芸術家になるんですよ。」
「ああそうか。」
「やっぱりこう、鬱屈したまんまで解放されきれないので、されたくてこういう作品を描かざるをえないんですよね。もう一人自分の分身を作って、客観的にそこに自分が乗り移った気持ちになって、自分をもう一回見返してもらうって言う、そういうことをやってるんですけれども。」

「・・・よくその小説家でも、映画作家さんでも『何年間もの沈黙を破って』って言うのありますよね。あれは沈黙しているわけでもなんでもなくて、次どうしようかなって考えてると思うんですよね。
VTRにもありましたけれども、一年間くらい描かなかったときもあったといいますが、やはり大作を描く前っていうのはいろんな情報を自分の頭の中にローディングさせて読み込んでるんですよね。ですから『唐獅子図』を描く前後っていうのは、他の作品も描いてたかもしれませんが、かなりデータを読みこんでランニングしてから、エイッて入ったんじゃないかなと思います。
やっぱり蕭白は自分が読み込んできたボキャブラリーの量が一定以上になんなければ多分描きはじめなかった作家だと思うんですよ。」
「それはプライドとして」
「というか、そうしないと毎回ルーティンで毎回同じ絵を描くことを良しとしなかったと思うんですよね。毎回なにか芸術、当時は紙とか墨もそんなに安くはなかったでしょうから、すごく精神をコンセントレーションしてどうせ一枚の絵を描くんだったら、そのチャンスにめぐり合うんだったら、自分自身を発見したいというその欲がすごくあって、故に、毎回新しい画題、新しいチャレンジを行なってたんだと思うんですよね。」

「村上さん、VTRのなかではですね、『狂』の思想を中心にして蕭白を読み込んできたんですけども蕭白
『絵図を求めるなら応挙に、絵を求めるなら蕭白
(画を望ば我に乞うべし、絵図を求んとならば円山主水よかるべし)』
と、これはある種大胆不敵なことを言ってるわけですけどね、そういう蕭白の言葉の裏にどういうものがあるのかっていうことを、もし、村上さん感じたりすることがあれば」
「そうですね。19世紀以降の芸術が芸術として一人歩きして、たとえばキュビズムみたいなかたちでピカソが、顔を歪ませたようなものを描きあげましたけども、じゃぁ、あれは何を描いているのかというと作家自身であり、もちろん、モチーフである女性だったり、牛だったりそういうものなんですけども、曾我蕭白ピカソと同じような内面をもっていたと思うんですよね。
こういうモチーフを描いているようなふりをして、しかし、そうではなくて自分自身を描き出したい、もしくは今紙に描かれていないもっと向こうの世界を描き出したい、それがまあ、当時は平面な紙の上に墨しかなかったので、後のピカソのようなでこぼこしたマチエールも作ることができなかったので、こういうかたちになってますが、芸術家が持ってる大きなもっともっと広がりのある世界、心の世界もそうだし、現実に自分が感じてきたこともそうだし、時間空間を全部ひとくるみにしたいっていう欲求って言うのが、彼の言っている『画』だったり、奥行きだったと思うんですよね。」
「それは単なる写実とは違うって言うことですよね」
「まぁ、欲張りな人だったと思うんですよね。全部、一枚の絵に『こめました』。きっと絵のあがったときには、絵を依頼した方だったり、絵を置いてきた人たちに対しては、胸を張って『どうだ』って気持ちでいっぱいだった気がしますね。」

「村上さん、この『柳下鬼女図』ですね。ぼくはとても強い感動というか、強い印象を受けたんですね。なにかこう、この鬼と化した女性、これは世界の衝動、心の衝動を自分の中に背負っているような気がしてて、世界で起きてる戦争ですね、内戦、ボスニアでもそうだし、パレスチナでも、あるいは9.11のNYでもそうかもしれないけど、こういう絵を彼が初期の段階で描いたっていうのはやはり心の闇みたいなものを、あるいは自分をここまで追い込んでたのかという印象をもったんですけども、村上さんもやっぱり自分が何かハイテンションにもっていくために自分を追い込んでいるイメージももってるんですが、作品を作るときの心の中にある闇というかそういうのはどういう風にお考えになってますか。」
「心の闇っていうのを自分自身が考えることはありませんが、昔、友人の画商さんに、『いっしょに地獄の4丁目までいきましょう』っつって逃げられちゃったんですけど、やはりそれは天国じゃない気はしてますよね。
自分が絵を描くときに、若いアーティストにいろいろ指導するときでも、ちょうどこの机くらいの大きさの大きい穴を僕はイメージするんですが、それをぎりぎりいっぱいまでいって覗き込んで、見えない真っ黒の色を自分なりにどういう風にいじっていくのかっていうのが芸術の一番面白い部分っていいますか、一番つらい部分でもあるんですが、それに入り込みすぎちゃって、例えば自殺しちゃったりする人もいますし、僕とかはそういう漆黒の闇を見ることである種のアディクションになってそういうところを覗き見しちゃあ、自分の作品に投射するみたいな。
例えばだからこの作品とかに関してもその両極端があると思うんですよね。つまり顔は歪んで、自分の髪の毛をぎゅっと引っ張って、ほんとに狂人と化してますが、しかし、ハッと見ると一方の手は天をさしていて、ダ・ヴィンチの描く神様って言うか女性の天を指し示すような、希望と絶望が同居している。
ですから、それはアーティスト本人が自分自身の立場といいますか、政治に加担するわけでもなく、商人のようにお金儲けをするわけでもなく、家族を幸せにするわけでもなく、自分自身をみつめることしかできないっていう、ある種の世の中に対する恥ずかしさであったりとか、そういう人間になってしまった自分自身を憐れむであるとか、そういうものを、正直な芸術家であればどこかで出し始めると思うんですよね。彼の場合はそれが強烈に・・・」
「出てる」
「そこにすべてをかけてやっちゃったのかなと。だから200年間も封印されてきたんじゃないかと。
(1966年に再発見されるまでほとんど忘れ去られていた)
ようするにその当時の業界からもはじき出されちゃったっていうか。まあ面白がられてたとはいえ、保守本流には見られなかったっていう部分が、彼自身も分かってたでしょうが、彼の画壇なり芸術界の立ち居地だったのかなと、そういうところを自分自身でどうやって解決するのかという部分で、どの作品も奇抜なエキセントリックなものを描いていたんでしょうね、きっと。」

「今、曾我蕭白はやっと200年の眠りから覚めるようなそういう時代なんですけども、蕭白っていうのは村上さんにとってどういう存在だったっていうか、ひとことでいうと」
「そうですね。彼の作品に出会ったことで、蕭白はもしかしたら孤立していたかもしれませんが、僕は孤立せずに済んでるって言うか、彼の作品を見ながらひとりじゃないっていうか、そういう気持ちになれるってところがありますね。」