- 作者: カズオ・イシグロ,土屋政雄
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2009/06/10
- メディア: 単行本
- 購入: 6人 クリック: 109回
- この商品を含むブログ (79件) を見る
ああそうだった。この本はカズオ・イシグロ初の短編集だそうである。装丁はLPレコードを模してあり、レーベルのところにタイトルの「夜想曲集」と副題の「音楽と夕暮をめぐる五つの物語」が書いてある。
若い人はきっとレコードの匂いを知らないだろう。私みたいに音楽にテイストのない人間にとっては、レコードの艶やかなあの黒い色が音楽の魅力の大きな部分を占めていた。そしてあの匂い。私の頭の中のどこかでは、あの匂いはレコードのあの黒のにおいだと信じていたかもしれない。
(そういえば、『わたしを離さないで』の装丁はカセットテープだったか)
短編集というと、あちこちの雑誌に発表したものをまとめたものも多いのだけれど、これは全て書き下ろし。レコードに譬えれば、コンセプトアルバムでベスト盤ではないわけである。なので、この短編集は収録されている順に読んでいく方が良さそうに思う。一番目と四番目が関連している。リンディー・ガードナーの再登場には意表をつかれた。再登場するのが旦那のほうでなく奥さんのほうだというのが、この短編集のミソかもだな。
男と女の物語というより、こういってもいいのかもしれない、ミュージシャンとミューズの物語。ミューズに出会ったミュージシャン、ミュージシャンに出会えなかったミューズ、ミューズに出会えなかったミュージシャン、ミューズの幻を見たミュージシャン。
『日の名残り』でもそうだったように、カズオ・イシグロという人は、ほんとに繊細な心の襞を描く人で、読み終えると淡い夢が心地よい目覚めとともにすっと消える。そんな読後感だ。思い出したいけど思い出せないすごくいい夢みたいな。