ぴあと小林信彦

knockeye2012-03-22

 小林信彦というひとは、1980年代には、世に言う‘天下を獲った’作家だった。
 何度も書いていることだけれど、私が週刊文春を購読するのは、おもに小林信彦の文章を読むため。他の埋め草記事は、電車の中吊りで十分というか、むしろ中吊りの方が面白い。
 しかし、最近の小林信彦のコラムで、やっぱり‘過去の人’なのかなと思わされたのは、
「ぴあが廃刊になって困っている」
とか書いている。
 小林信彦の周辺にはそういう人が多くいるらしいのだけれど、いうまでもなく、もし、そういうひとがホントに多くいるなら廃刊になったりしないの。
 ぴあはネットに移行するとき戦略を間違ったか、そもそも戦略がなかったかのどちらかだろう。私もずっと以前はぴあのサイトに登録していたのだけれど、使いにくいにもほどがある。今は知らないが、一度、ぴあ経由でチケットを買うと、手数料と送料で、ぴあが二三冊買えるほどとられた。あほらしくて使ってられない。
 今は、週末に観にいく映画を選ぶなら、MovieWalkerで、それこそ全国の映画館のスケジュールが一覧できる。ネットでチケットが買える映画館も増えてきた。座席指定もできる。混雑状況も分かる。駅からの道順もわかる。その日の天気もわかる。観たあとの食事の心配までしてくれる。
 スマホでも、ガラケーでも、PCでも、新しいiPadでも、何か持ってればそれでこれだけのことが片付くのに、ネットもPCも毛嫌いして、ぴあがなくなったって文句言っている。これは果たして情報弱者と呼ぶべきなのか。単に強情というべきではないのか。
 そういえば伊東四朗も頑としてネットに手を出さないし、由緒正しい江戸っ子らしさというものなのだろうか。
 昔読んだこと、鶴本の馬生が、失明した柳家小せんを見舞った時、当時流行っていた空気草履というのを履いていった。
 馬生が帰った後、小せんのお上さんが
「いま勝ちゃん(馬生)が、空気草履を履いてきましたよ」
と、
「なに、空気草履を履いてきただと」
小せんは弟子に口述で手紙を書かせ
「お前も江戸っ子だし、俺も江戸っ子だ。いま聞いたらお前はうちへ空気草履を履いてきたそうじゃないか。江戸っ子がそんなものなぜ履く。江戸っ子の面汚しだ。今日限り絶交する・・・」
驚いた馬生は、間に人を立てて謝りに行った。
「この人も悪い了見で空気草履を履いた訳じゃない。つい出来心で履いたんだから、このたびのことは勘弁してやってもらいたい・・・。」
こういう人たちがネットに手を出さないのもわからないではない。しかし、カッティングエッジにいるとはいえないし、さすがにちょっと侮りたい気分になる。