『YUKIGUNI』観ました

 『YUKIGUNI』って映画は、どこかの映画館でチラシをみかけて、ぜひ観たいなと思ってたのだけど、どこでやってるのかちょっとわからなかったりするくらい、ポツポツと上映しているみたい。
 で、見逃しちゃったなと思ってたのだけれど、金曜日に神奈川新聞に「シネマリンで上映」っていう記事があったので、これはっていうんで、とるものとりあえず出かけたわけ。

 横浜シネマリンはユニークな番組を組むので、今回みたいに、気に入ったのがあると訪ねます。あのあたり、ジャック&ベティも徒歩圏内で、なんとなく映画街みたいな雰囲気にもなっているか。
 ジャック&ベティはあいかわらずよい映画をチョイスしていて、神奈川県ではあそこだけしかやってないとか、あそこが最初に封切るとか、そういう映画も増えてきて、何となく、ミニシアターの鑑みたいな感じで、そうなると、がらっがらの時に通ってたわたくしなどは、なんかこっぱずかしい気がして(これは我ながらへんだけどね)。それと、前は相鉄沿線に住んでたんだけど、今は、小田急沿線だから、わずかなちがいだけど、それだけで行動範囲が変わるから、それも大きい。しかし、ジャック&ベティにはいい思い出しかない。

 話がそれたが、土曜日は公開初日ってことで、渡辺智史監督の舞台挨拶があった。
 舞台挨拶をめがけて映画を見に行ったことはないがときどきでくわすことはある。坂本龍一香川京子の舞台挨拶にはでくわした(ちなみに、シネマリンでは、林海象監督の舞台挨拶にもでくわすはずだったのを、監督があいにくの体調不良というのもあった)が、両方とも、「撮影はご遠慮ください」たったので、今回もそうなのかなあと勝手な自己検閲が働いて、カメラを出さなかった。
 そのあと、ロビーで

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『YUKIGUNI』

この写真を撮ってたら、たまたま、サイン会のためにそこに座っていた渡辺智史監督がアングルに入った(左下にわずかに影が映っているのがそうです)。いい構図だと思うと同時に、「あれ、待てよ、撮っていいですか?、も何も訊いてないけどいいのか?」という一瞬のためらいでシャッターを押せなかった。そしたら、監督自身が「あ」っと、構図から引いてくれたのである。邪魔だと思ってると解釈してくれたみたいで、申し訳なかった。ただ、シロウトが構えてるカメラを見るだけで、自分が構図の端に入ってるのが分かるのがすごい。しかも、ひくときは見事に引いた。

 渡辺智史監督は山形に拠点を構えて、『よみがえりのレシピ』という映画を作った人。シネマリンもジャック&ベティの支配人もそうだけど、こういうぐあいに、映画と地方を結び付けて頑張ってるひともいるよなぁと思ったわけだった。

 『YUKIGUNI』の主人公は、井山計一さんという、1959年に「雪国」というカクテルを考案した、92歳、現役最高齢のバーテンダー山形県酒田市で「ケルン」という店を出している。「ケルン」は、酒田の大火以前は、もっと大きな店だったらしいが、今は三階を住居スペースにして、一階部分だけを店舗にしたこじんまりとした佇まいになっている。
 お店は、昼間は息子さんが喫茶店をやっていて、夜になると、井山計一さんがカウンターに立つ。

 去年、『シューマンズ・バー・ブック』という映画を観た。『シューマンズ・バー・ブック』という、バーテンダーのバイブルといわれている本を書いた、チャールズ・シューマンという人が世界各地のバーを巡る旅の映画だった。
 わたしたちが住んでいるこの日本という国はたしかにちょっと不思議な国で、なぜかしらないけど、カクテルをめぐる物語にもちょっと顔を出したりする。あのときは、銀座テンダーの上田和夫さんというバーテンダーの「ハードシェイク」がチャールズ・シューマンの興味を引いていたようだった。
 しかし、ニューヨークやキューバのバーにくらべると、東京のバーは「敷居が高い」感じがする。というのが、あの映画を観ての偽らざる感想だった。ニューヨークのバーの雰囲気に慣れている人なら、東京のバーは「お高くとまってる」感じがするだろうと思う。映画のレビューの中には、実際、そういう書き込みもあった。
 ただ、これにも一長一短があって、もし、ほんとにおいしいカクテルを味わいたいという目的であるなら、東京のようなこじんまりとした雰囲気の方が望ましいともいえるわけで、あの映画の最後に、チャールズ・シューマンは、東京風のクローズな雰囲気のバーを開店したりしていた。
 井山計一さんの「ケルン」は、でも、東京風じゃないね。ぱっと見は喫茶店みたいだし、現に、昼は喫茶店なんだから、あたりまえだけど。それに、井山さんはお話し好きで、ずっと喋ってるらしいね。最近は、けっこう遠方から常連客が訪ねてくるらしいけれど、井山さんと話しに来るって気分だそうだ。この映画でも井山さん自身がしゃべってたけど、最近は片目がよくなくて、遠近感が取りにくいんで、うっかりグラスの外にお酒を注いでることもあるそうで、「井山さん、外、外」とか言われるそうなのだ。
 渡辺智史監督がこの映画を企画したのは、たまたまスタッフに元バーテンダーの人がいて、その人から、地元にスタンダードカクテルの「雪国」を作った人がいるって話を聞いたからだそうだ。最初は、井山さんと「雪国」に関するエピソードを、なにしろ、60年も飲み継がれているスタンダードカクテルとその創始者なわけだからなにか面白いエピソードがあるだろうと思うのも無理ないわけで、そういうのを集めて、人物スケッチにできないかなと考えていたみたいなんだが、それはうまくいかなかった。
 今のかたちになったのは、最初は、映画に反対していた娘さんが、一転、全面協力してくれるようになってからだそうだった。
 最初に書いたように、この映画は、全国津々浦々、いろんな土地の映画館でゲリラ的に上映が続いているみたいなんだが、今も毎晩、バーカウンターに立っている井山さんは、いまどのあたりで映画が公開しているかわかるそうなのだ。
 こういうことを書くと、霊感みたいな話に聞こえてしまうが、そうじゃなく、この映画を観たお客さんが遠方から訪ねてくれるからだそうだ。
 大火の後、復興した酒田の町も、今は、シャッターを閉めた商店が増えている。そして、広いまっすぐな道の向こうに、どこにでもあるような新興住宅地が遠望できる。たぶん、酒田だけでなく、全国各地でこんな光景が見られるのだろう。
 悲しいけど仕方ない、と、10年くらい前までは、みんなそう思って諦めていた気がする。でも、この頃ちょっとその流れが変わり始めているような気がする。渡辺智史監督のようなスタンスがまずそういうあたらしい流れのひとつなのかもしれないし。満員電車にぎゅうぎゅうに人を詰め込まなければ成立しない経済の在り方から、人はだんだん離れていくのではないかという気もする。
 
 横浜シネマリンでは、公開初日ということもあり、上映後のロビーで、かんたんなカクテルイベントが行われていた。

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シネマリンでカクテルイベント
 
 「雪国」は見ているだけでもきれいなカクテル。わたくしはただ、まったくお酒がいただけませんので。これはしかし、井山計一さんもまったく下戸だそうだ。お酒が飲めないバーテンダーはけっこう多いそうだ。