「我が人生最悪の時」

knockeye2013-03-17

 先日紹介した‘私立探偵濱マイク大回顧展’、シネマリンで「我が人生最悪の時」を。
 シネマリンの建物は、日ノ出町の駅から橋を渡ってまっすぐの道を、ちょこっと曲がったところにあるのだけれど、その角を曲がってびっくりしたのは、日曜の朝だというのに、そこだけ盛り上がってる。っていっても、飲んで騒いでっていうんじゃなくて、静かな期待ではずんでるっていうのか。この花粉飛び交う季節に、あさの九時半から行列。
 その行列のヨコでなんか関係者のひとが電話してるのが気になってたのだけれど、これは、雰囲気から察しがついて、私は独りでにやにやしていた。案の定、この上映後に予定されていた林海象監督のトークショーが、‘体調不良’のため中止になった。笑っちゃいけないんだけど、その報告があったあと、会場から笑いと拍手。もちろん、‘いい意味の’体調不良であろうと察したうえでの反応だった。
 観客が映画監督に求めるのは、もちろん、よい映画であって、トークショーではないわけだから、そのトークショー中止はむしろ‘good job’ですよ。いいオチ。じつは、わたしもほんとうは土曜日に来るつもりだったのだけれど、こちらも‘体調不良’で。
 (いま公式サイトをみたら、林海象監督‘舞台あいさつのリベンジ決定’という情報。20日に。)
 濱マイクは、林海象監督のキッチュと、横浜のキッチュの、電撃的な出会いが生み出したキャラクターだろう。今はない横浜日劇のネオンを、モノクロームのスクリーンを通して見ていると、その二階に探偵事務所があって、そこに濱マイクがいなければおかしいと思えてくる。キッチュの力強さ。
 濱マイクの事務所の、いつもは閉め切られている暗幕が落ちて、映画館からその窓が見えるシーン、濱マイクと楊が向かいあうシーンを観たとき、わたしは、‘いま映画館のスクリーンにかかっているのは三船敏郎の「野良犬」で、ピアノのアマリリスが流れているにちがいない’と確信した。
 映画の中で、濱マイクの目が‘野良犬の目’だといわれる場面が何度かあるけれど、映画が公開された1994年当時よりも、それから20年たった今の方が、その野良犬の切なさが胸に応える気がする。
 描かれているアジア系マフィアの抗争も、当時はキッチュにすぎなかったかも知れないものが、今はリアルに感じられる。それは、マフィアにせよ、国家にせよ、同朋意識と、個人の良心に引き裂かれる野良犬の心理に、今のわたしたちは共感せざるえないということなんだろうとおもう。リアルがキッチュを追い越してしまったのかも。
 この映画が封切られた当時、林海象監督がたしか「CLUB紳助」だかで話していたように記憶するが、最初から三部作で作るつもりで「我が人生最悪の時」「遥かな時代の階段を」「罠」という題名だけ先に決めていたとか。強引に予告編をつくって入れ込んだので、三作目の「罠」は予告編と中身が違っているのだそうだ。映画をやって食える時代ではなかった。
 今回のパンフレットに載っているプロデューサー古賀俊輔のインタビューによると、1作目の「我が人生最悪の時」を上映している横浜日劇の前で二作目の撮影をしていたそうで、映画を見終わった観客が映画館をでてくると、そこに濱マイクがいる。観客はそれは喜んだだろうけれど、それだけじゃなくて、舞台となった映画館と映画の不思議な相乗効果も生まれたのではないかと思う。
 制作がフォーライフレコードだというのも泣かせる。吉田拓郎井上陽水泉谷しげる小室等の4人がこのレコード会社を作ったときはちょっとしたセンセーションだった。わたしはたぶんフォーライフの創刊号を持っていたはずだ。
 横浜日劇の支配人をしていた福寿○(しめすへんにおおざと)久雄という人の存在も大きい。当時の黄金町界隈は、夜は近づかない方がいい、といわれるたぐいの場所だったと聞いているし、そういう町で映画を撮るにはこういう人がいないと撮れないんだっていうことは、そうなんだよなと思う。その町の人の目線があるかどうかは大きいと思う。
 今回の大回顧展では2002年のテレビ版もディレクターズカットで上映されるのだけれど、この監督陣もすごい。わたしが名前を知っている人だけでも「つやのよる」の行定勲、「サッドヴァケイション」の青山真治、「たみおのしあわせ」の岩松了、「告白」の中島哲也。このテレビシリーズでファンになった人も多いそうだ。
 パンフレットに林海象監督による濱マイク四作目の書き下ろしプロットが載っている。
 場面は中村橋の立ち飲み屋内藤酒店。

マイク 「ビールと酢イカ。それと・・・」
内藤  「それと何だね?」
マイク 「福寿さんの居場所、知らないっすかね?」
内藤  「福寿さん・・・。さあ、知らないねぇ。映画館がなくなっちまってから見かけてないね。横浜のどこかで、会員制の映画上映会を続けてるって噂は聞くけどね。」
マイク  「そうっすか。酢イカもう一本、それとお勘定」


    • マイクが去ると、立ち飲みのオヤジたちが囁いた。



オヤジA  「ヤツ、どっかでみかけた顔だなあ」
オヤジB  「まさか、マイク?」
オヤジA  「違うだろ。マイクは死んだはずだぜ」
オヤジB  「じゃ、あれは昼間の幽霊かい?」
オヤジA  「まだ昼にもなっちゃいない。もう酔ったのかい」


    • などとオヤジたちが囁く店の奥で、内藤は一人の男に電話していた。



内藤  「・・・・ヤツが帰ってきたぜ・・・福寿さん・・・」