『決算!忠臣蔵』を観て、『「忠臣蔵」の決算書』を読んで

 中村義洋監督は、わたしはすごく好きで、伊坂幸太郎の小説を映画化していた『アヒルと鴨のコインロッカー』の頃も、それから、『ジェネラル・ルージュの凱旋』のシリーズも好きだが、実を言うと、一番好きなのは、『ジャージの二人』と『ポテチ』かもしれない。が、その『ポテチ』がターニングポイントになって、言い換えれば、東日本大震災がきっかけで、ちょっと方向に迷ってるんじゃないかと、余計なお世話なんだが、最近はモヤモヤしてなくもなかった。
 『奇跡のリンゴ』は、実話で、どちらかというとドキュメンタリー向きだし、現に木村秋則のドキュメンタリー『いのちの林檎』がありますし、『みなさん、さようなら』は、団地の崩壊を描きつつ、日本の地域コミュニティの崩壊を描いた意欲作なんだけど、原作がどうしても少年小説なところがあって、と、こう振り返ってみてお分かりと思うが、中村義洋って人は、本を脚本化するのが抜群に上手く、どんな本でも脚本にできるのかと驚くくらい。なので、ときどき、脚本家の中村義洋に映画監督の中村義洋が引っ張られて、表現が映画的でなくて本みたいになるときがあると感じることがある。同意していただけるかどうか。
 『殿、利息でござる』の時も、「シリアスにやりたい」と、製作側とだいぶ揉めたそうだが、中村義洋ほど上質の笑いを撮れる監督が、笑いを低く見るのはやめてほしい。笑いに乗せた方が遠くまで届く。
 小津安二郎だって、生前は「小津安二郎じゃダメだ」「毎度、娘を嫁にやるのやらんのばっかり」とか、ずいぶん言われたそうだが、今みれば、「紀子三部作」は、おそろしく射程距離の長い反戦映画だとわかる。それを、杉村春子笠智衆のあの軽さが支えたわけである。
 そういうコメディ好きの観点からみると、『忍びの国』、『殿、利息でござる』で、だんだん調子が上向いて来ていて、今回の『決算、忠臣蔵』はひとつ抜けた感じ。
 それに、吉本興業が製作に加わっているのも上手くいっている。岡村隆史西川きよし木村祐一板尾創路、など、吉本の芸達者な人たちと、中村義洋映画の常連、竹内結子濱田岳滝藤賢一阿部サダヲのチームワークがうまく機能している。それから、関ジャニ∞横山裕がうまいわ。『破門』もよかったけど。
 ちなみに、中村義洋監督は、キャスティングも抜群にうまい。『殿、利息でござる』の羽生結弦は話題になったけど、今回でいえば、出番は少ないけど、西川きよしの存在が重要な局面で生きている。

「忠臣蔵」の決算書 ((新潮新書))

「忠臣蔵」の決算書 ((新潮新書))

 原作となった『「忠臣蔵」の決算書』は、実は、小説ですらない。読んでもらえればわかるが、これをエンターテイメント化できるのが中村義洋監督の脚本家としてのすごさ。ハリウッドでいうと『マネーボール』みたいな感じ。
 この原作から、映画では岡村隆史が演じた矢頭長助と、堤真一が演じた大石内蔵助の物語を組み立てる、というか、そういう構造を読み取って、それを二時間の脚本に組みなおせる人ってなかなかいないと思う。
 
 さしもの吉本興業も、映画参入の障壁はなかなか高いらしくて、派手なヒットはないみたいだし、望めもしないのだろうけれど、こつこつ地道にやってきた中で、今回の中村義洋監督とのタッグはうまく機能しているように思う。これ一作で解消するのは惜しい気がする。