『証言モーヲタ 〜彼らが熱く狂っていた時代』

 映画『あの頃。』は関西のモーヲタだったけど、この本は東京のモーヲタだった人々をほぼ網羅的に取り上げたインタビュー集で、これがこういうインタビュー形式の小説だったとしたら名作と言われたかもしれない。
 個人的にはどんなアイドルにも夢中になったことがない。何ならプロ野球チームでさえ特定のチームを応援するというより選手個人の活躍が気になる方で、テレビで巨人ファンの座談会とか、昔はあったんだけど、見てたら松井秀喜をこきおろしたりしていて、ファンって何なんだろう?と気味が悪かったりする方だ。
 音楽でほんとに熱中したといえるのはビートルズくらいなんだけど、それももちろん同時代的ではない。バナナマンのバナナムーンでオークラさんがビートルズファンを公言しているけれど、たぶんオークラさんもアイドルとしてのビートルズって観点は持ち合わせてないと思う。
 しかし同時代のビートルズは、間違いなくアイドルだったわけで、今でも映像で見ることができるが、あの当時のワーキャーぶりは、オークラさんが同時代人だったらどう思っただろう。
 後追いの私たちは、後追いになればなるほどビートルズをミュージシャンとしてのみ捉えている。あの熱狂は何だったのかは、正直言って彼ら自身も理解できないと思うのだ。
 それに彼らの音楽についての考察、例えば、リンゴ・スターのドラムがいかに素晴らしいかとかに比べると、彼らに熱狂した女の子たちが何者だったのかなんてどうでもいいように思えてしまう。
 話がモーニング娘。ハロプロとなってくるとさらに微妙になってくる。音楽について言えば、日本の80年代、90年代の音楽シーンを代表するのは、今、世界的に評価されているシティ・ポップなのか、それともハロプロなのか、わたしには何も言えないが、モー娘。つんくさんの音楽が再評価されることは十分に起こりうる。しかしそれでも、モーヲタの熱狂が思い起こされることはまずない。現に、この本の中の何人かは自分たちの熱を思い起こすことができない。
 その意味でも夢みたいなもので、見ている間はあんなに怖かったり楽しかったりしたものが覚めるとどうしても思い出せない。わたしたちはわりと簡単に狂ってしまう。
 何かを追い求める気持ちが先にあってそれが対象を見つけるのであってその逆ではない。これは私が言ってるのではなくホッブズがそう言っている。その通りだと思うな。その結末はそれぞれに違う。なんとなく芥川龍之介の「秋山図」を思い出した。
 吉田豪は映画『あの頃。』の登場人物のモデルを全員知ってるのでいい映画なのかどうなのか、全然冷静に見られなかったと言っていた。