『30年後の同窓会』

 リチャード・リンクレーター監督は『6才のボクが、大人になるまで。』っていう映画を観て大好きになった監督。イーサン・ホークが父親役、パトリシア・アークエットが母親役、そして、その息子役のエラー・コルトレーンが6才から18才になるまでの12年間、毎年1週間だけカメラを回して撮ったという、とんでもない映画だった。ちなみに、夫婦の娘役は、リンクレーター監督の実の娘ローレライ・リンクレーターだった。
 この映画でイーサン・ホークが演じた調子のいい父親を、『万引き家族』のリリー・フランキーを観ながら、これあの時のイーサン・ホークだなぁと思いだしていたんだった。
 『30年後の同窓会』は『さらば冬のかもめ』っていう、ジャック・ニコルソンが主演した1973年の映画の続編をつくろうという企画から始まったものであるらしい。wikiには2006年にリチャード・リンクレーター自身の言葉として『さらば冬のかもめ』の続編を作る構想が語られている。そのときは、ジャック・ニコルソンら『さらば冬のかもめ』の出演者を念頭にしていたらしいことも語られているので、ウソとは思えない。
 しかし、『30年後の同窓会』の公式サイトによると、『さらば冬のかもめ』の原作者ダリル・ポニクサンが2005年に発表した小説『Last Flag Flying』を映画化しようという発端だったと語られている。
 ダリル・ポニクサンはこの映画の脚本にも参加している。原題は小説のまま。
 推測だけれど、『Last Flag Flying』に感動して、『さらば冬のかもめ』の続編を企画したんだけどうまくいかず、小説そのものの映画化ということになったんだと思う。
 構想10年の源流にはいろいろな要素があって当然だろうと思う。
 今回のシナリオがうまく滑り出したのは、時代設定を2003年、サダム・フセインが穴から引きずり出されたまさにその時に設定してからだったそうだ。
 印象的なシーンは、ジョージ・W・ブッシュがテレビで何かしゃべってるのを、ぼんやり見ているドク(スティーブ・カレル)に「お前の行き先はあそこ(とテレビを指す)じゃないだろ?」と出発を促すサル(ブライアン・クランストン)。
 当時の空気に政治が濃い影を落としているのは間違いないが、テーマはそこじゃない。だからこそ当時の空気がそのまま映り込んでいるような立体的で説得力のある絵になるのだと思う。くもりや雨の日ばかりを選んで撮影したそうだ。晴れると撤収。
 ドクを演じたスティーブ・カレルは『フォックス・キャッチャー』のときの不気味なマザコン大富豪がウソみたい。今、当時の写真を見てみても別人にしか見えない。
 サルのブライアン・クランストンは『トランボ』の人だけれども今回のほうが良い。ドクが訪ねるもう1人の戦友ミューラーは、ローレンス・フィッシュバーン、『マトリックス』のモーフィアス。
 スティーブ・カレルは、リチャード・リンクレーターに「ドクはなぜこの2人を訪ねるのか」と質問したそうだ。「ドクは自分でもなぜそうするのか、何をするのかわかってないんじゃないか」っていう答えが気に入ったらしい。
 ベトナム戦争に従軍した人の息子がイラク戦争で死ぬってことはじゅうぶんにある話だろう。しかし、ベトナム帰還兵が自分の息子をイラク戦争で失ったときの気持ちは、後悔とか挫折とか簡単な言葉で表現できないだろう。
 2日前に息子の戦死を知ったドクは、茶封筒をもってサルの店に現れる。職場の同僚が寄付してくれたお金を封筒のまま持ってきている。遺体を引き取りにドーバー空軍基地に行かなければならないのに、アーリントン墓地に行ってしまう。ドクは飄々として見えているが完全に茫然自失している。そのスティーブ・カレルの佇まいが見事だと思った。
 ミューラーは、今は牧師をしているので、サルとちょっとした「神学論争」になったついでに、人種の話になる。「白人とは気が合わない」というサルに「おいおいお前も白人じゃないのか」と聞くと「俺はグリーンだ」と答える。「海兵隊の文化が自分に一番しっくりきた」。
 ベトナム戦争に従軍した若者たちには人種の垣根がなかったことはよく知られている。すくなくとも、そのままだんだん人種差別がなくなっていくのだろうと思っていた。なんとなくディストピアに生きている気持ちになる。
 ドクの息子に付き添って一時帰国した彼の戦友を演じているJ・クイント・ジョンソンは、リンクレーター監督の前作『エブリバディ・ウォンツ・サム』にも出演していたそうだ。あの、大学入学1日目を描いたお気楽映画が、ベトナム戦争イラク戦争の間の30年であったかのような、そんな不思議な感覚にとらわれる。
 今、アメリカの人たちはドクと同じように茫然としているのだろうか?、と考えてみて、すぐさま日本人よりマシかと思い返した。
 不満を言うとすれば『30年目の同窓会』というこの邦題は、どうにかならないものだろうか。ちなみに『6才のボクが、大人になるまで。』の原題は『boyhood』だった。