『ほかげ』

 不思議なんだけど塚本晋也監督の新作『ほかげ』は、山﨑貴監督の『ゴジラ-0.1』とは共鳴しあっている。いくつかのシーンは同じ場所かと見まがうばかり。
 趣里さんの寝ている焼け残った居酒屋の周囲、ほんの半径2、3mしか写してないけど、それでもう町全体の様子が想像される。
 逃げ込んでくる戦災孤児(塚尾桜雅)、客として訪ねてくる復員兵(河野宏紀)は、どちらもひとりしか描かれないけどそれで全てわかる。
 舞台劇よりさらに狭い空間で繰り広げられる前半から、戦災孤児の少年が主人公になる後半への展開が見事だと思う。
 森山未來の違和感がまた絶妙で、ひとりだけまるで私服みたいな格好で出てくる。「あれ?、1945年頃の日本じゃなかったのかな」って思わせる。
 森山未來さん演じるパートがいちばん限定的な、他の登場人物みたいに非戦闘員としての被害ではなく、元軍人としての正義感(ルサンチマン?)で動いているので、最初の復員兵みたいに、いかにも復員兵って姿をしていると、つくりものっぽく見えちゃったと思う。記号として短絡的にすぎる。大森立嗣さんの演じる元上官の和服姿さえちょっとはわざとらしいわけだし。
 そして第3幕でふたたび趣里さんの居酒屋に帰ってくる。趣里さんは最初よりさらに引きこもってる。どんどん内へ内へと向かってゆく感じが怖かった。
 最初の復員兵さんもちゃんと再登場する。PTSDという意味では、『ゴジラ-1.0』よりはるかにリアルで怖い。しかし、共に1960年代生まれの映画監督ふたりが、戦争のトラウマを共有できることに戦争の恐ろしさを改めて感じる。彼らの親があの戦災孤児だったとしてもおかしくないわけだから、そりゃ当然。戦争は全然終わってない。
 そう考えてみると、安倍晋三が撃ち殺されたについても、背景にある構図は,実はこの『ほかげ』と何も違わないと思える。誰の死についても同じように尊厳を持って対するべきだなんてのは綺麗事で、やっぱり岸信介の孫が統一教会がらみの怨恨で殺されたって聞けば「ざまあ」どころか快哉を叫ぶのが自然でさえある。情として。少なくとも、安倍晋三が死んで「ざまあ」と思わない奴が社会を変えられるはずもないと思ってしまう。
 ラストはチェーホフの『かもめ』かってくらい。『かもめ』のラストは初演当時、大評判を呼んだそうだ。見事な構成、見事な構図。塚本晋也監督となるとやっぱり名前だけで観に行って損はないんだな、ほんと。
 復員兵を演じている河野宏紀は『J005311』の監督、脚本、出演のあの河野宏紀。『J005311』は、今年観た映画の中でとにかくいちばんたぎってたのは間違いない。ソウルフル。

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J005311

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  • 野村一瑛
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