大岩オスカール

knockeye2008-07-06

昨日はもう一つ展覧会に行った。
深川の東京都現代美術館で開催されている大岩オスカールの展覧会。この日曜日が最終日で、昨日は本人のサイン会に出くわした。

ミーハー精神を発揮して、並ぼうかどうか迷ったのだけれど、井上雄彦ほどではないものの、こちらの行列もいつ途切れるとも知れなかったので、画家の心中を慮ってやめることにした。サイン会というものは、多分、重労働だと思う。図録にサインしてもらったからといって、だからどうしたということだし。これが松井冬子だったら並んだかもしれないが、たぶん、並ばないだろう。照れくさいし、有名人にサインとか握手してもらう意味がよくわからない。
子供のころ、親に背中を押されて、手塚治虫にサインしてもらったことがあるが、うれしくもなんともなかった。今でも憶えているが、ありがとうも何も言わなかったので、手塚治虫は一瞬むっとした。あれはさすがに失礼だったと思っている。しかし、子供というのは正直なもので、事実、ありがたくもなんともなかったのである。
日系二世のブラジル人で、フルネームは大岩オスカール幸男。1965年生まれ。1991年に来日し、2002年に渡米、現在はニューヨークに活動の拠点を置いている。
本人いわく
「10万人いるというNYのアーティストの、ベスト5000くらいには入ってるかな」
ということだそうだ。
面白いと思うのだけれど、来日したのは、バブルがはじけた直後。渡米したのは同時多発テロの直後。もちろん、偶然なのだけれど、作品を観ていると、アンテナが混沌を嗅ぎ付けるのではないかという思いさえする。
かといって、たとえばベン・シャーンのようなメッセージ性を思い浮かべられては困る。また、会田誠みたいな反社会性でもない。負のベクトルはほとんど感じない。映画のスクリーンのような大画面に展開する、スケールの大きい、創造性ゆたかな絵画で、そしてどことなくユーモアも感じさせる(その点は会田誠もそうだけれど)。
図録に、画家の文章が抜粋されている。
「・・・以前住んでいた建物に面したビルを見ていたとき、突然、何か不思議な感情にみまわれた。・・・・建物があたかも舞台装置のような、平面としてのみ存在しているのではないかという疑いが頭をもたげ、それを露呈している細部を見つけるために、とくに角の部分をよく見て歩いた。目に見えている平面空間以外は、実際には何も存在していないのではないか。・・・・僕の周りにいるすべての人々が肉体的、心理的なみせかけの存在にしかすぎないのではないかという疑いさえ芽生えてきた。」
「私たちは現実と信じて、一生、ずれた"本当の現実”の反射を見続けているのではないか」
ある意味では、私たちが見ているのは、たしかに二次元で、それを三次元だと感じるのは脳の解釈に過ぎない。
対象をありのままに描いたつもりの絵画が、実は脳の嘘を上書きしているにすぎず、ピカソの歪んだフォルムが、対象の真実であるかもしれない。
すくなくとも、そうした疑念を、思想の遊戯としてではなく、意識下の感覚として、私たちは共有していないだろうか。意識するにせよ、無意識にせよ、上のような感覚に捉えられたことのない現代人が、どれほどいるだろうか。
大岩オスカールは、画家という職業を他の職業に較べて特別だとは思っていないとインタビューで答えている。村上隆が『芸術起業論』に書いているようなことは、祖国という概念に依存していないものにとっては、ある意味自明のことなのだろう。
東京都現代美術館は、地下鉄の駅で言うと、清澄白河から深川の町を抜けていっても、木場から木場公園を横断してもほぼ同じ距離である。
今回、往きは清澄白河だったが、還りは木場公園を歩いてみた。街中を歩くより、公園のほうが少しは暑さがましかと思ったのである。
といいつつ、実は少し道を失っていたかもしれない。都市緑化植物園という小さな植物園をうろついてみた。デジタル一眼レフを構えた女性がふたり、熱心に花の写真を撮っていた。広角レンズは花の撮影にはむかないが、わたしも何枚か撮ってみた。スウィート・ドリームという名前の花を見つけた頃には、もうベッドにすべり込みたいほどへとへとになっていたようだ。
↓これがスイート・ドリーム

この白い花は名前が分からないのだけれど、とてもよいにおいがしていた。↓

日の丸を下ろしていたおまわりさんに道を聞いて、地下鉄東西線木場駅へ歩いた。
このあたりは多分「川向こう」と呼ばれる一帯だろう。その言葉の持っている感覚は、江戸っ子ならぬ身にはうかがい知れない。そのあたりのことは、小林信彦の墨東綺譚『イーストサイドワルツ』をどうぞ。
それにしても、このあたりに「深川」という駅があってもよさそうに思うのだけれど、木場はともかく、清澄白河より深川のほうがはるかに分かりやすい気もする。
地下鉄は空いていた。
私の中で、「江戸っ子らしい顔」というのが勝手にあって、東京に出かけるときは、それを見つけるのがひそかな楽しみになっている。言葉では説明しにくいが、柳家小三治をずっと平凡にした感じの顔がそうである。女性では、山田邦子をほっそりした感じ。
この日は男性版のほうを見つけた。着物を着るとぐっと映えるのではないかとおもう。女性版はめっきり減っている。