「インスタント沼」

knockeye2009-05-30

三木聡のふざけ方には気合が入ってきた。生半可な観客は圧倒されるのではないかと思う。
「転々」に次いで発表された本作は、もし「転々」がお気に召した方は見ないと絶対損をする。
「転々」は、藤田宣永の原作小説の、
「借金をチャラにしてもらう代わりに、借金取りの自首の道行に付きあわされる」
という、どこかメフィストフェレスファウスト博士の道行を髣髴とさせる魅力的な設定を残しつつ、個々のエピソードは、かなり大胆に三木聡ワールドに作り変えたものだった。
中でも私が気に入ったのは、ふせえり松重豊岩松了の三人組(今回ももちろん登場する)の無意識の行動が、主人公ふたりの道程とクロスしそうでしない緩急の自在さだった。
特に、岸部一徳が、上記の三人組と、三浦友和オダギリジョーの主人公ふたり組の間を行き来して、そうとは知らずにストーリーを撹乱するどきどき感に興奮させられた。
ただ、「転々」の場合は、小泉今日子が登場する後半部まで、エピソードが冗漫だったのも確かだった。
しかし、今回の「インスタント沼」では、その冗漫さが影を潜めて、むしろ、観客は最初から注意深く見ていないと、伏線を見逃すことになりかねない。シナリオは素晴らしく緊密に構成されている。
後半の加瀬亮の沼のシーン(詳しくはいえない)は、そこまでに何度か繰り返される沼のシーンの伏線を見逃していると楽しみが半減するだろう。
このブログで「転々」を紹介したとき、私はこう書いた。

 たぶん、三谷幸喜ならもっと笑わせたろうと思う。小ネタの処理ほどおろそかにしてはいけない。『小津の秋』みたいな恋愛ものでさえ小ネタではきっちり笑わせた。「自分しか分からないジョークを言って一人で笑っているのが真のユーモリストである」と、サマセット・モームも言っている(?)。

しかし、「インスタント沼」にはこの批判は当たらない。随所にちりばめられたギャグは見事に笑のツボを突いている。この映画の笑いの繊細さは沈んでいく招き猫のシーンで充分予感できるはずだ。(某映画の名シーンのパロディーになっている。)
そして、それだけじゃないのだ。舌を巻く二枚腰の大どんでん返しが最後に用意されていた。(秘密厳守!)。芥川龍之介を耽読した人なら感涙ものだろう。
風間杜夫がいい。この人はいうまでもなく、つかこうへい劇団の出身だが、岩松了風間杜夫という70年代の小劇場文化が、映画という形に姿を変え新しい果実を実らしている。
(今、思い出したけど、風間杜夫松坂慶子といえば「蒲田行進曲」のふたりだね!)
三木聡は台詞のオリジナリティーを我が物にした感がある。冗長のようでリアリティーがあり、ふざけているようで印象的だ。きっと役者には挑戦しがいがあるのではないかと思う。
「エクセレントという言葉はさまざまなディテールでできている」
というが、この映画についても語りだすときりがなくなる。
衣裳もいいし、ロケーションもいい。カメラ割りもいい。さらに言えば、小道具までいい。三木聡のインタビューによると、あの折れた釘は
「美術スタッフが京都の撮影所から何千本と集めてきて、『釘オーディション』の結果、選ばれたものだったんです」
だそうだ。
ぜひ観にいってほしいと思う。もう一度見たくなること請け合いだ。
そしてくれぐれも秘密厳守!