「俺俺」

knockeye2013-06-01

 三木聡監督の「俺俺」。
 わたしが最初に見たこの監督の映画は「転々」。そのつぎが「インスタント沼」で、今回はそれ以来4年ぶりの新作。
 「転々」は藤田宣永の小説が原作で、映画を観た後原作も読んだが、原作はかなり自由にいじりまわされていた。とくに、松重豊ふせえり岩松了の三人コンビが盛り上げてくれる。あの味わいだけは今でも忘れがたい。全体としては、前半部分が小ネタ盛りすぎで、ややぎくしゃくしているが、小泉今日子が登場してからの後半部分は、ぬかるんだ砂利道がきれいな小川になるくらいにリズム感が出て来る。で、その勢いを保ったまま、「インスタント沼」にすすむわけ。
 「インスタント沼」は、原作も三木聡。というか、映画のあとシナリオをノベライズしたと思う。これは名作。風間杜夫松坂慶子コンビでいうと、「蒲田行進曲」に勝るとも劣らない。とくに、風間杜夫がいいよ。
 といったような流れで、今回の「俺俺」を観ている私にとっては、あの「インスタント沼」をどうやって超えるのかという期待と不安があったが、これはもうみごとだった。「転々」のころ‘小ネタ’といっていたものは、すでに‘様式美’というべき独特の味になっていて、映画の空気を支配している。それでいて(というのもおかしいけど)笑いの要素もいっぱいつまっている。笑いといっても、テレビで後から足しているような笑い声ではなく、笑うのも忘れてつり込まれるような笑い。
 ストーリーは、亀梨和也が演じる主人公の‘自己’が、あることをきっかけに次々と増殖していくという、説明しがたいお話なのだが、これをたとえば、レオス・カラックスの「ホーリー・モーターズ」を名作とぶち上げた人に見せたい。こっちの方が何枚も上手。名作みたいな顔してないで名作なのがすごい。
 また、たとえば、チャーリー・カウフマンの「マルコヴィッチの穴」を好きな人なら、観てみる価値があると思う。
 松重豊岩松了ふせえりの三人は今回も健在です。